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2009-08-20から1日間の記事一覧

【但馬の歴史】(35) 但馬山名氏 その他の家臣

下津屋新三郎 山名四天王といわれる垣屋・太田垣・田結庄・八木氏などに比べると、一段と格が下がる武将です。しかし、垣屋・八木氏らが自立化を進めようとしている時、山名が本当に信頼していたのは、この下津屋級の武士団だったのではないかと思われる点が…

【但馬の城ものがたり】 篠部氏と志馬比城(美方郡香美町香住区香住)

昭和42年五月二十日の各新聞の但馬地方版は「香住町月岡公園で、有馬(有間)皇子の墓が発見された。」と報じています。 有馬皇子とは、日本書紀に、斉明天皇の四年十一月五日に謀反が発覚し、捕らえられて、同年十五日には紀伊国藤白坂(和歌山県)で処刑…

【但馬の城ものがたり】 長(ちょう)氏と林甫城(美方郡香美町香住区訓谷)

むかし、山名右衛門督祐豊(うえもんのかみすけとよ)が但馬国の守護として、出石城にいたとき、古い記録によると、天文九年(1540)、訓谷林甫城(りんぽうじょう)の城主は長越前守信行でした。香住郷の無南垣(むながい)のお城に、塩冶左右衛門尉(やん…

【但馬の城ものがたり】 丹生氏(にゅうし)と上計養山城(美方郡香美町香住区上計)

「上計(あげ)のお殿さんは、四十二の祝いの餅をのどにつめて死んだのだそうな。」 この話は、柴山地区の人ならみんな物心がついたころから聞かされる話です。日本海有数の避難港であり、カニ漁港としても知られる柴山港を、朝に夕に見下ろしている上計の城…

【但馬の城ものがたり】 塩冶(えんや)氏と芦屋城(美方郡新温泉町芦屋)

塩冶(えんや)周防守 但馬山名氏家臣。但馬美方郡(浜坂町)芦屋城主。 播磨屋さんの武家家伝によりますと、 近江源氏佐々木氏の一族で、鎌倉・南北朝時代の守護大名。宇多源氏の成頼が近江国蒲生郡佐々木庄に住み、子孫は佐々木氏を称しました。成頼の玄孫…

【但馬の城ものがたり】 八木氏族 宿南(しゅくなみ)氏と宿南城(養父市八鹿町宿南)

宿南氏の祖という三郎左衛門能直は、八木新大夫安高の孫にあたり、養父郡宿南庄(養父市八鹿町宿南)に宿南三郎左衛門能直(初代?)の長男重直を宿南庄に置いていましたが、康永年間頃(1342-45)、宿南太郎佐衛門信直によって築城し、地頭館を山に移したといわ…

【但馬の城ものがたり】 八木氏流 田公氏(たきみし)と大谷城(美方郡香美町小代区)

家紋:木 瓜(日下部氏流) *日下部氏の代表紋として掲載。 田公氏の紋は不詳。 七美(しつみ・美方郡東部)村岡・城主。田公氏は但馬国の日下部氏族八木氏から別れた中世豪族で、その出自は、孝徳天皇の皇子表米親王の末裔が田公郷に土着して田公氏を名乗っ…

【但馬の城ものがたり】 山名四天王 田結庄氏と鶴城

参考略系図 称田結庄氏 越中次郎兵衛 宮井太郎兵衛尉 桓武天皇━葛原親王・・・平 盛嗣(盛継)━━盛長━━━━━盛重━━盛行━┓ ┃ ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃ 鶴城主 ┃ 左近将監 左近将監1642没 ┗━盛親━━盛敏━国盛━━重嗣・・・是義━━━━盛延 田結庄氏の祖…

第九章 山名氏と但馬 山名四天王 田結庄氏(1)

第九章 山名氏と但馬 津居山 田結庄氏は、但馬国城崎郡田結郷田結庄(豊岡市田結)を本貫とする中世豪族でした。田結(たい)は、円山川が日本海の注ぐ河口で、海水浴で知られる気比ノ浜の東に位置する漁村です。わかめ漁などがさかんです。 田結庄は「たい…

【但馬の歴史】(27) 山名四天王 田結庄氏(1)

津居山 田結庄氏は、但馬国城崎郡田結郷田結庄(豊岡市田結)を本貫とする中世豪族でした。田結(たい)は、円山川が日本海の注ぐ河口で、海水浴で知られる気比ノ浜の東に位置する漁村です。わかめ漁などがさかんです。 田結庄は「たいのしょう」と読み、出…

【但馬の城ものがたり】(26) 太田垣氏(2) 応仁の乱と太田垣氏

戦国時代(1467~1568)、但馬の守護大名である山名氏の中でも、親と子、主君と家来同士の間で、血なまぐさい合戦があちこちで行われています。 応仁の乱ののち山名の勢力は急速に衰え、国内にも分裂が起こり、文明十三年(1481)九月にはいったん但馬に引き…

太田垣氏(2) 応仁の乱と太田垣氏

戦国時代(1467~1568)、但馬の守護大名である山名氏の中でも、親と子、主君と家来同士の間で、血なまぐさい合戦があちこちで行われています。 応仁の乱ののち山名の勢力は急速に衰え、国内にも分裂が起こり、文明十三年(1481)九月にはいったん但馬に引き…

第九章 山名氏と但馬 日下部氏流(4)太田垣氏

第九章 山名氏と但馬 太田垣(おおたがき)氏 家紋:木 瓜 (但馬国造日下部氏後裔) *家紋を九枚笹とする説もある。 武家家伝さん 太田垣氏も、八木氏同様、但馬国造彦座王から日下部連の後裔を称する古来からの但馬の名族です。 『日下部系図』によると、第…

日下部氏流(4)太田垣氏

太田垣(おおたがき)氏 家紋:木 瓜 (但馬国造日下部氏後裔) *家紋を九枚笹とする説もある。 武家家伝さん 太田垣氏も、八木氏同様、但馬国造彦座王から日下部連の後裔を称する古来からの但馬の名族です。 『日下部系図』によると、第37代孝徳天皇-有馬皇…

【但馬の歴史】(24) 日下部氏流(3) 八木氏

三つ盛木瓜/九曜 (日下部氏朝倉氏族 右:見聞諸家紋にみえる八木氏の横木瓜紋) 武家家伝 八木氏は、開化天皇の子孫とされる但馬の表米王から数代のち、古族日下部氏から出て養父郡朝倉庄に城を築いた朝倉高清の次男安高(一説に孫)が、但馬国養父郡八木を…

【但馬の城ものがたり】 日下部氏流(2) 朝倉氏

朝倉氏の起源 養父郡八鹿町朝倉(養父市八鹿町朝倉)は、越前国(福井県)の守護となって北陸に勢力を張った朝倉氏の出身地として知られています。この村の高さ60mばかりの山の上に残る城跡が朝倉城です。室町時代の末頃、朝倉大炊守(おおいのかみ)が城主…

【但馬の城ものがたり】 日下部氏流(2) 朝倉氏

朝倉氏の起源 養父郡八鹿町朝倉(養父市八鹿町朝倉)は、越前国(福井県)の守護となって北陸に勢力を張った朝倉氏の出身地として知られています。この村の高さ60mばかりの山の上に残る城跡が朝倉城です。室町時代の末頃、朝倉大炊守(おおいのかみ)が城主…

【但馬の歴史】(22) 日下部氏族(1)

但馬の古代豪族、日下部(くさかべ)氏 開化天皇の孫・狭穂彦王に始まる、但馬国造の日下部君の後裔。(『古事記』、『大日本史』) 孝徳天皇の孫・表米親王(日下部表米)に始まる、日下部宿禰の後裔。(『朝倉始末記』) 出石神社と並ぶ但馬国の一宮、粟鹿…

【但馬の歴史】(21) 明延(あけのべ)鉱山と明神電車

平安時代初期から、但馬では金銀鉱山の採掘が行われていました。とくに生野銀山は山名氏支配の時代から四天王の太田垣氏が、阿瀬金山などは山名、垣屋氏が経営し、山名氏の衰退と下克上に大きく寄与する財源になっていたのではないかと考察します。養父郡北…

【但馬の歴史】(20) 生野銀山

平安時代初期から、但馬では金銀鉱山の採掘が行われていました。とくに生野銀山は山名氏支配の時代から四天王の太田垣氏が、阿瀬金山などは山名、垣屋氏が経営し、山名氏の衰退と下克上に大きく寄与する財源になっていたのではないかと考察します。養父郡北…

第九章 山名氏と但馬 垣屋氏(5) 垣屋氏と山名氏の対立

第九章 山名氏と但馬 轟・垣屋氏と楽々前・垣屋氏 垣屋氏は板東から山名時氏に従って、但馬に移り住んだのが垣屋家が山名氏に仕えた始まりで、以後代々山名氏の家老となる。 山名氏から気多郡の西気谷の三方郷に所領を与えられたようであるが、弾正の孫の代…

【但馬の歴史】(19) 垣屋氏(5) 垣屋氏と山名氏の対立

轟・垣屋氏と楽々前・垣屋氏 垣屋氏は板東から山名時氏に従って、但馬に移り住んだのが垣屋家が山名氏に仕えた始まりで、以後代々山名氏の家老となる。 山名氏から気多郡の西気谷の三方郷に所領を与えられたようであるが、弾正の孫の代になると、所領は西気…

【但馬の歴史】(9) 山名氏(4) 生野城(古城山=いくのじょう)

足利三代将軍義満の時代、幕府最高の職で、将軍を補佐して幕政を統轄した管領職があり、斯波・細川・畠山の三氏が任命され、これを三管領家(さんかんりょうけ)と呼んでいた。また、京都の政治を受け持って軍事と警察権をおこなう侍所頭人(武士のトップ)…

【但馬の歴史】(8) 山名氏(3) 応永の乱と山名氏後退

応永の乱(おうえいのらん)と山名氏後退 応永の乱(おうえいのらん)は、室町時代の応永6年(1399年)に、周防国・長門国・石見国の守護大名の大内義弘が室町幕府に対して反乱を起こして堺に篭城して滅ぼされた事件です。 室町幕府の将軍は有力守護大名の連…

【但馬の歴史】(8) 山名氏(3) 応永の乱と山名氏後退

応永の乱(おうえいのらん)と山名氏後退 応永の乱(おうえいのらん)は、室町時代の応永6年(1399年)に、周防国・長門国・石見国の守護大名の大内義弘が室町幕府に対して反乱を起こして堺に篭城して滅ぼされた事件です。 室町幕府の将軍は有力守護大名の連…

【但馬の歴史】(7) 山名氏(2) 山名時氏 六分一殿

14世紀後半の主な守護大名 図: 『日本人の歴史教科書』 ■山名氏系図 山名氏 守護大名に成長 室町幕府は、地方の守護に、国内の荘園や公領の年貢の半分を取り立てる権限を与え、守護の力を強めて全国の武士をまとめようとしました。守護は荘園や公領を自分の…

【但馬の歴史】(7) 山名氏(2) 山名時氏 六分一殿

14世紀後半の主な守護大名 図: 『日本人の歴史教科書』 ■山名氏系図 山名氏 守護大名に成長 室町幕府は、地方の守護に、国内の荘園や公領の年貢の半分を取り立てる権限を与え、守護の力を強めて全国の武士をまとめようとしました。守護は荘園や公領を自分の…

【但馬の歴史】(6) 山名氏(1) 山名(やまな)氏の起源

二つ引両/桐に笹「武家列伝」さん 概 要 国府(国衙)・群家(郡衙)が権力を維持していた時代から、旧豪族であった武士が実権支配する守護大名の時代に入ります。荘園・公領に在住する民衆は、村落を形成し、自立を指向していきました。このような村落を惣…

【但馬の歴史】(6) 山名氏(1) 山名(やまな)氏の起源

二つ引両/桐に笹「武家列伝」さん 概 要 国府(国衙)・群家(郡衙)が権力を維持していた時代から、旧豪族であった武士が実権支配する守護大名の時代に入ります。荘園・公領に在住する民衆は、村落を形成し、自立を指向していきました。このような村落を惣…

第九章 山名氏と但馬 大岡山と進美寺

第九章 山名氏と但馬 大岡山と進美寺 南北朝のころ、気多郡(豊岡市日高町)の南東にそびえる須留岐山は、その名の通り剣のような男らしい山ですが、気多郡の西に位置する大岡山は、なだらかな稜線をした女性らしい山です。 『三大実録』(868)に正六位上大…