但馬国ねっと風土記

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但馬国ねっとで風土記

専門家ではない視点からとらわれない最新の歴史から今を知る

第二章 3 天日槍の足取りと神社

3.槍(やり)と矛(ほこ)の違い 青銅製武器の種類 矛(ほこ)と槍(やり)の違い 一方、考古学的には、矛(ほこ)と槍(やり)と戈(クヮ)とは区別される。 弥生時代の遺物としては、矛が多数出土しているが、槍はほとんど出土していない。福岡県前原市三…

第一章 1.天日槍(あめのひぼこ)の謎

1.天日槍(あめのひぼこ)の謎 荒神谷博物館(左から銅戈・銅鐸・銅矛) 天日槍(あめのひぼこ、以下ヒボコ)は、但馬(たじま・兵庫県北部・旧国名)に住んでいる人なら知らない人はまずいない。新羅の王子で日本にやって来て、但馬・出石に留まり、帰化し…

神功皇后と朝鮮半島

第五章 神功皇后・但馬物部氏編 『但馬故事記』(第五巻・出石郡故事記)に、 第6代孝安天皇の御代、新羅の王子天日槍が但馬出石で帰化し、初代多遅麻国造となった。 突如、よそ者、しかも新羅の渡来人が大丹波では中心から離れた但馬に入っていて、但馬国を…

最初の但馬人

第一章 黎明編 豊岡市で考古学の先駆者として知られている但馬考古学研究会の故瀬戸谷晧氏は、HP「但馬最古の遺物を求めて」で、 「ひと昔前は但馬には本格的な旧石器時代の遺物はないと考えられていた。旧石器時代、すなわち土器製作を未だ知らない一万数千…

8 銅鐸はなぜ消えたのか

[wc_box color="warning" text_align="left"] 銅鐸はなぜ消えたのか [/wc_box] 砕かれた銅鐸見つかる! 久田谷銅鐸片 豊岡市立歴史博物館(但馬国府・国分寺館)蔵(許可を得て拙者撮影) 久田谷遺跡で発見された銅鐸は、すべて5~10センチ前後に砕かれ、復…

第三章 ヒボコと伊和大神の国争い

1.ヒボコと伊和大神の国争い 『播磨国風土記』[*1]には伊和大神いわのおおかみと天日槍あめのひぼことの争いが語られている。結果としては住み分けをしたことになり、ヒボコは但馬の伊都志(出石)の地に落ち着いたことが語られている。 ヒボコは宇頭(ウズ…

第二章 2 天日槍の足取りと神社

2.天日槍の足取りと神社 [wc_box color="danger" text_align="left"] 天日槍の足取り [/wc_box] 天日槍(以下、ヒボコ)は但馬出石に安住の地を決めるまで、どういう足取りを辿ったのか。 『日本書紀』、『播磨国風土記』にその足取りが記されている。 『日…

第六章 ヒボコは日本人だった 神功皇后とそっくりなアメノヒボコの足跡

第六章 ヒボコは日本人だった [wc_box color="danger" text_align="left"] 神功皇后とそっくりなアメノヒボコの足跡 [/wc_box] 神功皇后とアメノヒボコは、多くの接点を持っている。 たとえば、三品彰英氏は、アメノヒボコと神功皇后(オキナガタラシヒメ)…

第四章 ヒボコはいつ頃の人なのか

第四章 ヒボコはいつ頃の人なのか 日槍の日本渡来時期? 天日槍はが渡来したのは、いったいいつ頃なのであろうか? まず『記』(『古事記』)から見ていこう。『記』では、人皇15代応神天皇の段に、 「又昔(むかし)新羅国主の子、名は天之日矛(ヒボコ)と…

第三章 4.ヒボコより伊和大神の方が鉄集団っぽい

3.ヒボコより伊和大神の方が鉄の集団っぽい 『播磨国風土記』にある伊和大神とヒボコの争いを、鉄原料の奪い合いであると見て、タタラ製鉄に優れていた出雲からやって来た伊和大神の方が鉄の集団にふさわしいという説もある。 伊和大神(いわのおおかみ) …

第六章 ヒボコは日本人だった ヒボコ登場の孝安天皇の頃に、まだ新羅国は存在しない

第六章 ヒボコは日本人だった [wc_box color="danger" text_align="left"] 天日槍登場の孝安天皇の頃に、まだ新羅国は存在しない [/wc_box] 天日槍(以下、ヒボコ)の年代については、数少ない史料からさぐるしかない。記紀をはじめ古文書は、日付を在位天皇…

第一章 2 なぜ「天」の日槍なのか

2.なぜ「天」の日槍なのか 『日本書紀』は、天日槍(あめのひぼこ)について詳しくは記していない。 しかし、なぜ、天日槍は、新羅の王子としながら、例外的に天皇家を表す天津神である「天」の日槍としたかが疑問だ。『日本書紀』は天日槍を、皇統以外の新…

第二章 天日槍の足取りと神社 5 出石神社 8種ものご神宝の謎

5 出石神社 8種ものご神宝の謎 なぜ8種ものご神宝が祭神として祀られているのか? 神社のご祭神は、神社に山や岩、川、火、雷など自然の神を神格化したものはあるが、出石神社は天日槍命を祭神とするのではなく、八種の神宝を伊豆志八前大神とし、合わせ…

第五章 但馬国は朝鮮半島南部への出兵基地だった?! 但馬国は朝鮮半島南部との国際ターミナルだった?!

第五章 但馬国は朝鮮半島南部への出兵基地だった?! [wc_box color="danger" text_align="left"] 但馬国は朝鮮半島南部との国際ターミナルだった?! [/wc_box] 突如、よそ者、しかも新羅の渡来人が大丹波では中心から離れた但馬に入っていて、但馬国を分立する…

第六章 ヒボコは日本人だった ヒボコは日本人だった?!

[wc_box color="danger" text_align="left"]天日槍(あめのひぼこ)は日本人だった [/wc_box] 天日槍の出自と倭韓一国説 『古事記』応神天皇記では、その昔に新羅の国王の子の天之日矛が渡来したとし、『日本書紀』では、垂仁天皇3年3月条において新羅王子の…

第六章 大化の改新編 但馬に圧倒的に多い兵主神社の訳は?!

但馬には兵主神社という神社が出石神社を取り囲むように郡境などにあって際立って多い。このような地域は全国的にも例がない。 兵主とは武神で、後の八幡神社も武神です。滋賀県野洲市にある兵主大社の祭神は八千矛神(やちほこのかみ)(大国主神)を主祭神…

DNA研究による日本民族

DNA研究の進展 長いあいだ、日本人の起源は南方系の縄文人と北方系の弥生人であるとする埴原和郎氏らの二重構造説が占めていた。しかし、少なくとも、従来の時代的概念としての「縄文人/弥生人」という単純な図式では説明できないとする説が台頭し、今日で…

日本民族は世界最古の発明家

[wc_box color="danger" text_align="left"] 日本民族は世界最古の発明家 [/wc_box] [catlist id=582]長い間、日本では稲作は弥生時代に朝鮮半島からやってきた渡来人がもたらしたと思い込まされてきた。 『日本人のルーツの謎を解く』長浜浩明氏は、こう述…

水田稲作と技術は伝播していない

[wc_box color="danger" text_align="left"] 稲作と技術の伝播 [/wc_box] [catlist id=583] 縄文時代から行われていた稲作 狩猟や自然の恵みを採集していた縄文人と大陸から渡来してきた人々が水田稲作をもたらし人が稲を栽培するようになった。人々の中には…

コメは6000年前の縄文時代から作られていた

コメは6000年前の縄文時代から作られていた 第一章 縄文期の章で触れたが、日本民族には複数のDNAがあるように、陸続きだったころから少しずつ北方や朝鮮半島、あるいは南方から海を渡ってやって来た人々がいた。やがて日本列島は大陸と離れ、長い年月の…

第二章 天火明命編 丹生(にゅう)と日本海水銀ベルト

第二章 天火明命編 [wc_skillbar title="丹生(にゅう)と日本海水銀ベルト" percentage="100" color="#e45e32"] (丹色) [catlist id=589] 丹波国は、古くは但馬・丹後を含む大きな国だった。 『但馬故事記』は、天照国照彦櫛玉饒速日天火明命が、この国を…

第四章 彦座王と大丹波編 大江山の鬼退治~彦坐王と陸耳の御笠は大丹波平定だった

第四章 彦座王と大丹波編 [wc_box color="danger" text_align="left"] 開化天皇の御子・彦坐王と陸耳の御笠 [/wc_box] [catlist id=26] 『但馬故事記』は、人皇十代崇神すじん天皇から、記載がにわかに詳細になるが、二方郡を除き、八郡のどの郡の故事記も「…

第二章 天火明命編 天火明命 谿間に来たり

第二章 天火明命編 [wc_skillbar title="天火明命 谿間に来たり" percentage="100" color="#e45e32"] [catlist id=589] 弘仁5年(814)-天延3年(975)にわたり、但馬国府の多数の国学者によって編纂された『国司文書・但馬故事記』は、第一巻・気多郡故…

但馬の神奈備(かむなび)

たじまる

「瀬戸の岩戸」を切り開いた国造り伝承は縄文海進だった

第一章 黎明編 [wc_skillbar title="「瀬戸の岩戸」を切り開いた国造り伝承は縄文海進だった" percentage="100" color="#007bbb"] [catlist id=582] 黄沼前海(キノサキノウミ) 縄文時代の豊岡盆地 (Mutsu Nakanishi さんよりお借りしました) 天日槍(あ…

最初の日本人はどこから来たのか

第一章 黎明編 [wc_skillbar title="最初の但馬人(たじまじん)" percentage="100" color="#007bbb"] [catlist id=582] 最初にやって来た但馬人はどのようにやって来たのだろう。そもそも、われわれの日本人の祖先はどのように日本列島にやってきたのであろ…

【但馬史パラドックス】

[wc_skillbar title="但馬史パラドックス" percentage="100" color="#6adcfa"] [wc_button type="danger" title="但馬国誕生ものがたり" target="self" position="float"]但馬国誕生ものがたり[/wc_button][wc_heading type="h3" title=" -定説を覆し真実を…

但馬国誕生ものがたり 『但馬故事記』から読み解く但馬国府の所在地

第一章 黎明編 但馬国府の所在地は、但馬史の長年の謎とされている。 『日本後紀にほんこうき』延暦23(804)年正月の条に、「但馬国府を気多郡高田郷に遷す」と書かれていることから、少なくとも2ヶ所の但馬国府移転が考えられる。遷された理由や、どこか…

第四章 彦座王と大丹波編 彦座王と丹波の鬼退治

第四章 彦座王と大丹波編 [wc_skillbar title="彦座王と丹波の鬼退治" percentage="100" color="#e45e32"] [catlist id=589] 『但馬故事記』の崇神天皇の御代は、丹波青葉山にいた賊に陸耳の御笠を彦座命たちが丹波(丹後・但馬と丹波北部に限られる)の首長…

第五章 神功皇后・但馬物部氏編 但馬国府以前の多遅麻国造

第五章 神功皇后・但馬物部氏編 [wc_skillbar title="彦座王と丹波の鬼退治" percentage="100" color="#e45e32"] [catlist id=589] 大県主から国造(くにのみやつこ)が任命され、のち国司・但馬守・但馬介と首長の名称が変わった。 天日槍 人皇6代孝安天皇5…

弥生文化圏の成立

『倭の古王国と邪馬台国問題上』 著者: 中島一憲から。 三千年前からはじまって二千五百年前に「真冬」となる大気候の寒冷期は、紀元後八世紀(1300年前)まで続き、ちょうどこの時期に「製鉄」が世界に普及するので「鉄器時代初期の寒気」と呼ばれている。 …