但馬国ねっと風土記

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専門家ではない視点からとらわれない最新の歴史から今を知る

▼作品集-神社よもやま話

但馬西部の神社と歴史を調べ中

但馬たじまの大川である円山まるやま川流域にある朝来市・養父市・豊岡市に比べて、但馬の西部は、郷土に半世紀生きてきて、知らないことがまだまだ多い。円山川流域以外の地域は、それぞれの川と地形による個々のはじまりと文化がある。なかでも新温泉町と…

韓國神社と城崎郡司・物部韓国連

但馬には式内社が全国的に見ても5番目と大変多い。大和や伊勢、出雲、近江はわかるが、その次に多いのは不思議である。結論から先に言えば、都(大和)から朝鮮半島へ通じる最短地点であったからだと考えている。式内社や重要な神社は、歴史(郷土史)のラン…

山陰・北陸に多い気多神社

山陰・北陸に多い気多神社 越中国一宮 射水神社 能登国が越中国の一部であった時代、越中国の一宮は現在の気多大社であったが、能登国を分立する際に二宮であった射水神社が越中国一宮とされた。物部氏→変更したい? 劔神社 越前国 福井県丹生郡越前町 越前…

式内社の廃絶と論社

延喜式神名帳に記載されている神社を式内社というが、平安期に作成されたその記載から、江戸期にはすでにその神社が廃絶となったり、その論社であるとする神社が多々ある。 当時、延喜式に記載された各地の神社が指定された経緯は、当時のその土地の歴史を知…

出雲神社はどこにあったのか

先月3月に2度、消費税値上げもあり、今月4月に入って6日に出雲へ3度出かけた。 『延喜式神名帳』記載の出雲国式内社は、大社(名神大社)2座2社・小社185座の計187座と全国的にみても、奈良時代に都のあった大和国286、神宮のある伊勢253に次いで3番目…

なぜ但馬に兵主神社が多いのか?

但馬には兵主神社がなぜ多いのか?式内って何?ご祭神はだれ?天日槍と関係ある?その素朴な疑問を解き明かすことをこのテーマとしています。 その謎を解き明かす貴重な史料に『国司文書 但馬故事記』『国司文書 但馬神社系譜伝』があります。 概 要 兵主神…

兵主神社とは何か?!

1.概要 但馬内には式内社の兵主神社だけで7社.式外社5社、八幡神社摂社兵主神社2社、計14社。 但馬に隣接する鳥取県最東端の岩美町に佐弥乃兵主神社、許野乃兵主神社の式内兵主神社2社がある。同じく武神を祀る八幡神社、日吉(日枝)神社などは全国的…

神社仏閣の朱色

伏見稲荷大社 鳥居色 春日大社 奈良市 朱色 貴船神社 京都市左京区 朱色 日本の伝統色で、朱色(しゅいろ)は、WEB色見本 原色大辞典 http://www.colordic.org/colorsample/e94709.html 色の名前大事典 http://www.colordic.org/colorsample/e94709.html e94…

奈良の糸井神社をたずねて

奈良には、但馬とゆかりのある地名・神社があるという。奈良へ出かけるついでに時間をつくって糸井神社をたずねた。 磯城郡は北を大和郡山市、東は天理市、南は橿原市、西は北葛城郡で、法隆寺の斑鳩町、河合町には名神大 二十二社(中七社)の廣瀬大社など…

名神大 水谷神社の元の位置をさぐる

筑紫紀行は、尾張の商人、菱屋平七(別名吉田重房)が、伯父の商家「菱屋」を継ぎ40歳で楽隠居となり江戸から九州まで広く旅を楽しんだ。この紀行は享和2年(1802)3月名古屋を出て京・大坂を経由して九州長崎を旅したときの記録である。当時の旅行…

因幡國八上郡の式内社

延喜式神名帳には、現在の鳥取県東部である因幡國には50座が記されており、そのうち大社1、小社49である。座というのは御祭神のことで1つの神社に主祭神が2座3座祀られている社もあり神社数ではない。但馬一宮出石神社など、伊豆志坐神社8座(並名神…

神社の格式と但馬国の神社数

「神社人データベース」によると、神社の数は、全国およそ8万8,000社以上に上ると言われ、仏教系寺院よりも数が多く、日本で最も多い文化建造物のひとつとなります。その内、有人神社(神職者が常駐している社)は、2万社程度とも言われておりますが、実態は…

七美郡(旧村岡、美方町)の式内神社

式内社を訪ねることはかつての村々の歴史を知る貴重な手がかりだ。 黒野神社 (式内社 志都美神社)と伊曽布神社を訪ねた。(神社についてはライブラリーへhttp://sakezo.jp/http://lib.sakezo.jp/gallery/ [http://jinja.kojiyama.net:embed:cite] ) どち…

校補但馬考 但馬国の郡・郷 式内神社

桜井勉 校補但馬考 朝来(あさご)郡 此地ニ朝來山トイウフ名所アリ、取リテ郡ノ名トセリ、俗ニハ、此郡ニイマス栗鹿ノ神、國中ノ一宮ユヘ、諸ノ神タチ、朝コトニ来タリマミエ玉フ、故に、朝來郡ト名ツケシト云ハ、憶説ナラン、スヘテ、郡郷ノ名ハ、其地名ヲ…

延喜式神名帳 但馬の神社

神社の数は、全国およそ8万8,000社以上に上ると言われ、仏教系寺院よりも数が多く、日本で最も多い文化建造物のひとつとなります。その内、有人神社(神職者が常駐している社)は、2万社程度とも言われておりますが、実態は定かではありません。 文化庁文化…

丹後(京都府北部)の秦氏系神社 2/2

" 三井寺HP 連載 新羅神社考 京都府の新羅神社(2) 京都府の新羅神社(2) 更に、北にある多久神社の北西八百m程の所の矢田の集落の西端に矢田神社がある。この北方、弥栄町との境の山上には太田南古墳群があり、平成二年(一九九〇)から六年にかけての発…

越前(福井県嶺北部)の秦氏系神社

(イラスト まるごと北近畿さんより引用しています) 今庄町の新羅神社(2) 越前今庄町の新羅神社については既に本書にて記述したが(本誌九十二.九十六号)、その後訪問を重ねている間に明らかになった事柄を補足したい。 何回も訪れて感じたことは、「今…

丹後(京都府北部)の秦氏系神社 2/2

三井寺HP 連載 > 新羅神社考 > 京都府の新羅神社(2) 京都府の新羅神社(2) 更に、北にある多久神社の北西八百m程の所の矢田の集落の西端に矢田神社がある。この北方、弥栄町との境の山上には太田南古墳群があり、平成二年(一九九〇)から六年にかけての…

若狭(福井県嶺南部)の秦氏系神社(1)

気比神社(越前国一宮) 当地には、実在された最初の天皇といわれている応神天皇(四世紀後半)ゆかりの神社がある。 気比(けひ)神宮といわれ、「新羅神社」と呼ばれてはいないが、 『記紀』に記載の最古の新羅系渡来人「天日槍」の伝承がある神社である。…

丹後(京都府北部)の秦氏系神社 1/2

京都府の新羅神社(1) 京都府には北部から南部まで新羅の神々が祭られている。北部では丹後地方、南部は山城地方の宇治市である。南部の京都盆地には「新羅牛頭(ごず)山に座す素盞鳴尊」を祀る八坂神社や新羅系渡来人秦氏とつながりの深い上賀茂神社・下…

【たじまる】兵主神社は天日槍と無関係

但馬には兵主神社という兵団もしくは武器庫を意味する兵庫が置かれたそばに兵主神社が建てられた。兵主神社は全国的に多くはないのに、式内兵主神社が但馬に7社もある。式外社を含めるともっとある。 その一つが出石郡に置かれた大兵主神社で、『国司文書 …

【たじまる】豊岡市神美地区の兵主神社

郷土歴史家で有名な宿南保氏は、『但馬史研究 第31号』「糸井造と池田古墳長持型石棺の主」の投稿で次のように記しています。 天日槍ゆかりの神社は円山川とその支流域である出石郡・城崎郡・気多郡・養父郡に集中しており、また兵主神社という兵団もしくは…

豊岡市神美地区の兵主神社

郷土歴史家で有名な宿南保氏は、『但馬史研究 第31号』「糸井造と池田古墳長持型石棺の主」の投稿で次のように記しています。 天日槍ゆかりの神社は円山川とその支流域である出石郡・城崎郡・気多郡・養父郡に集中しており、また兵主神社という兵団もしくは…

八幡神について

八幡神とは? 八幡神を祀る神社は八幡神社(八幡社・八幡宮・若宮神社)と呼ばれ、その数は1万社とも2万社とも言われ、稲荷神社に次いで全国2位です。一方、岡田荘司氏らによれば、祭神で全国の神社を分類すれば、八幡信仰に分類される神社は、全国1位(7817…

縄文的であるがゆえに広まった大国主命信仰

神道は、太古の日本から信仰されてきた固有の文化に起源を持つ宗教。日本列島に住む民族の間に自然発生的に生まれ育った伝統的な民俗信仰・自然信仰を基盤とし、豪族層による中央や地方の政治体制と関連しながら徐々に成立していった。 なお、神道には明確な…

韓国神社の古名は物部神社

人皇15代神功皇后二年5月21日、気多の大県主・物部連大売布命が亡くなった。その子・物部多遅麻連公武が多遅麻国造となった。 式内 氣比神社(豊岡市気比) 豊岡市気比。『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、同じ気比の松原で知られる福井県敦賀…

但馬に集中する兵主神の謎

兵主(ひょうず)とは? 兵主神社(ひょうずじんじゃ)ってご存じですか? 兵主とは、「つわものぬし=武士」と解釈され、八千矛神(ヤチホコノカミ=大国主神)を主祭神の神としています。矛は武力の象徴で、武神としての性格を表しています。 大国主は天の…

【新説丹後史】大丹波(4) 弥生.徐福と兵主神社

弥生時代は、水稲耕作による稲作の技術をもつ集団が日本列島外から渡来して、北部九州に移住することによって始まった時代です。 紀元前三世紀頃、日本列島は、それまで長く続いていた縄文時代が終わりを告げ、弥生時代が始まります。弥生時代には、出土人骨…

物部氏4/4 物部氏ゆかりの神社と日本統一へ

注連縄(しめなわ) 出雲大社 拝殿 神社の拝殿の軒や御神体には注連縄が張ってあります。神代の時代、天照大神が天の岩戸からお出になった後、岩戸に縄を張り再び中に入れぬようにした。この縄は「尻久米縄」と云われたと古事記に記され、しめなわの始まりと…

たじまる 古墳-5

たじまる