但馬国ねっと風土記

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但馬国ねっとで風土記

専門家ではない視点からとらわれない最新の歴史から今を知る

山名氏と九日市城・正法寺城

宿南保氏『但馬の中世史』「山名氏にとって九日市ここのかいち城とは」の項で、九日市の居館を九日市城と呼んでいる。豊岡盆地の中心部の近い場所だけでも城といわれるものは正法寺城・木崎きのさき(のち豊岡)城・妙楽寺城・九日市城がある。 正法寺城は今…

鶴ヶ峰城と殿区とは

国道482号線久田谷付近と鶴ヶ峰(三方富士) 子供の頃から何か周りと違い神秘性を感じていた三角おにぎりみたいな山 国道482号線を神鍋かんなべ方面へ久田谷くただに付近まで進むと、前方にきれいな三角形の山がぽっかりと現れてくる。通称「三方富士…

第5回 姫路城の作事 

■作事(さくじ)とは 天守や櫓、門、御殿など建築工事及びその工事に付帯的な作業 ・天守・櫓を上げる ・城門をつくる ・土塀を掛ける ・御殿を建てる ・土蔵、番所、馬屋を立てる 1.姫路城天守 ・連立式天守 ・白漆喰総塗籠 ・後期望楼型天守 (大天守各層…

第4回 2.姫路城の普請 石垣

2.姫路城の石垣 三つの異なる石積み形式 1)羽柴時代(野面積み) 2)池田時代(打込接ぎ) 3)本多時代(打込接ぎ・一部切込接ぎ) 秀吉時代の野面積み 上山里 秀吉時代(右)と池田時代の石組み(左) 二の丸 武蔵野御殿池護岸石垣 算木積み 扇の勾配(二…

第4回 姫路城の縄張り・普請

Ⅰ.選地 築城は四要素 選地・縄張・普請・作事 1。選地 城をどこに置くか -城の防御と領国経営の要諦 山 城 → 平山城・平城 (防御主体) (領国経営主体) 姫路城は、理想的な選地 ・三方を山に囲まれ ・市川・夢前川が流れる平野の中央 ・交通の要衝に恵ま…

第3回 姫路城の歴史と人物

姫路城の歴史を人物でたどる。 1.最初の築城説 赤松貞範築城説と黒田重隆築城説がある。 ■赤松貞範築城説 『赤松播磨録』(延享4年(1747)) 『播磨鑑』(宝暦12年(1762))典拠 貞和2年(1346)築城の根拠…正明寺板碑 ■黒田重隆・職隆(もとたか)築城説 …

第2回 城郭の歴史と姫路城

姫路城築造には、赤松貞範築城説と黒田重隆築城説がある(後に記述する)。 1.戦国時代の姫路城■天文14年(1545) 黒田重隆、小寺氏の命により御着城から姫路城に移る(御着城の出城(支城)としての姫路城)■永禄4年(1561) 黒田重隆・職隆、城を改修する…

第1回 城郭の歴史(古代山城、中世城館、近世城郭)

※放送大学兵庫学習センター(姫路)第2学期面接授業 「城郭の歴史と姫路城を学ぶ」 1.城郭とは? ■「城」とは、 「土に成る」 地面を掘り、土を盛って囲った区画 ■「郭」とは、 「囲いのある所」 「物の外まわり」 『古事記』…「稲城(いなぎ)」、『日本書…

世界遺産 姫路城の歴史と見学

12月3・4日 放送大学面接授業において、平成の大修理が行われている国宝姫路城を見学してきた。 城郭の歴史と姫路城を学ぶ 兵庫学習センター(姫路) 授業内容 長い築上の歴史の中で、現存最大、また芸術上も最高傑作と言われ世界遺産にも登録された姫路…

鳥取城 山城部(鳥取県鳥取市)

南 鳥取市街 北 日本海方面

因幡山名氏と布勢天神山城(鳥取県鳥取市)

布勢天神山城の歴史 山名氏宗家但馬山名氏(出石町)のお膝元豊岡市の住民としては、鳥取にたびたび行く機会があれば因幡山名氏について辿ってみたい思ってた。2月19日にかねてから一度目指したかった久松山(鳥取山城)を登るとどうしても布勢天神山城を…

【たじまる】 全国的に有名な山城 竹田城

兵庫県朝来市竹田 国史蹟(昭和18年) JR播但線竹田駅の西方、古城山(標高353.7m)の山頂部 中世山城で全国的にも有名な竹田城は、山陰道と播但道が分岐する交通の要所にそびえ立ち三方が見渡せる。 竹田城門 【竹田城趾の概要】 大手門 縄張りが虎が臥せ…

生野城(古城山=いくのじょう)と生野平城

足利三代将軍義満の時代、幕府最高の職で、将軍を補佐して幕政を統轄した管領職があり、斯波・細川・畠山の三氏が任命され、これを三管領家(さんかんりょうけ)と呼んでいた。また、京都の政治を受け持って軍事と警察権をおこなう侍所頭人(武士のトップ)…

【但馬の城ものがたり】 山名持豊と九日市守護所

「武家列伝」山名氏によると、 山陰地方に大勢力を築いた時氏らは、南朝方と呼応して文和二年(1353)には京に攻め入り、京を支配下においた。そして、直義の養子である直冬に通じて義詮方と対抗した。以後、直冬党として幕府と対立を続けたが、貞治二年(13…

山名持豊と九日市守護所

「武家列伝」山名氏によると、 山陰地方に大勢力を築いた時氏らは、南朝方と呼応して文和二年(1353)には京に攻め入り、京を支配下においた。そして、直義の養子である直冬に通じて義詮方と対抗した。以後、直冬党として幕府と対立を続けたが、貞治二年(13…

【但馬の城ものがたり】 山名氏(10) 村岡陣屋(美方郡香美町村岡区御殿山)

七美(ひつみ・美方郡東部)で城というと、やはり村岡陣屋です。 村岡陣屋・御殿山公園(美方郡香美町HPより) 八代義方が文化3年(1806)に陣屋を尾白山(今の御殿山公園)に築いて、代々この場所を本拠として七美五郷を治めました。 明治4年に村岡藩…

【但馬の城ものがたり】 出石(いずし)此隅山城と有子山城

風景写真 ■沿 革 山名時氏以来、城崎荘(豊岡市九日市)を本拠とし、その後、守護所としたが、今の九日市上町の国道と旧道の間にお屋敷があった。当時の円山川は国道の堤防付近まで湾曲して流れていて、少し上流の出石川が合流する上佐野には船着き場があっ…

【但馬の歴史】(39) 秀吉の但馬平定(2) 竹田城落城

高生田城(たこうだじょう)落城 朝来市和田山町糸井の寺内と高生田の境の山に、中世戦国時代の山城の跡があります。この城を高生田城または福富城と呼んでいます。 この城は山名宗全が全盛のころの山城のひとつで、規模は小さいですが、豊臣勢に滅ぼされる…

【但馬の歴史】(38) 秀吉の但馬平定(1)

中国地方攻略 織田信長に中国地方攻略を命ぜられた秀吉は、播磨国に進軍し、かつての守護赤松氏の勢力である赤松則房、別所長治、小寺政職らを従えていきます。さらに小寺政織の家臣の小寺孝高(黒田孝高・官兵衛)より姫路城を譲り受け、ここを中国攻めの拠…

【但馬の城ものがたり】 篠部氏と志馬比城(美方郡香美町香住区香住)

昭和42年五月二十日の各新聞の但馬地方版は「香住町月岡公園で、有馬(有間)皇子の墓が発見された。」と報じています。 有馬皇子とは、日本書紀に、斉明天皇の四年十一月五日に謀反が発覚し、捕らえられて、同年十五日には紀伊国藤白坂(和歌山県)で処刑…

【但馬の城ものがたり】 長(ちょう)氏と林甫城(美方郡香美町香住区訓谷)

むかし、山名右衛門督祐豊(うえもんのかみすけとよ)が但馬国の守護として、出石城にいたとき、古い記録によると、天文九年(1540)、訓谷林甫城(りんぽうじょう)の城主は長越前守信行でした。香住郷の無南垣(むながい)のお城に、塩冶左右衛門尉(やん…

【但馬の城ものがたり】 丹生氏(にゅうし)と上計養山城(美方郡香美町香住区上計)

「上計(あげ)のお殿さんは、四十二の祝いの餅をのどにつめて死んだのだそうな。」 この話は、柴山地区の人ならみんな物心がついたころから聞かされる話です。日本海有数の避難港であり、カニ漁港としても知られる柴山港を、朝に夕に見下ろしている上計の城…

【但馬の城ものがたり】 塩冶(えんや)氏と芦屋城(美方郡新温泉町芦屋)

塩冶(えんや)周防守 但馬山名氏家臣。但馬美方郡(浜坂町)芦屋城主。 播磨屋さんの武家家伝によりますと、 近江源氏佐々木氏の一族で、鎌倉・南北朝時代の守護大名。宇多源氏の成頼が近江国蒲生郡佐々木庄に住み、子孫は佐々木氏を称しました。成頼の玄孫…

【但馬の城ものがたり】 八木氏流 田公氏(たきみし)と大谷城(美方郡香美町小代区)

家紋:木 瓜(日下部氏流) *日下部氏の代表紋として掲載。 田公氏の紋は不詳。 七美(しつみ・美方郡東部)村岡・城主。田公氏は但馬国の日下部氏族八木氏から別れた中世豪族で、その出自は、孝徳天皇の皇子表米親王の末裔が田公郷に土着して田公氏を名乗っ…

【但馬の歴史】(24) 日下部氏流(3) 八木氏

三つ盛木瓜/九曜 (日下部氏朝倉氏族 右:見聞諸家紋にみえる八木氏の横木瓜紋) 武家家伝 八木氏は、開化天皇の子孫とされる但馬の表米王から数代のち、古族日下部氏から出て養父郡朝倉庄に城を築いた朝倉高清の次男安高(一説に孫)が、但馬国養父郡八木を…

【但馬の歴史】(20) 生野銀山

平安時代初期から、但馬では金銀鉱山の採掘が行われていました。とくに生野銀山は山名氏支配の時代から四天王の太田垣氏が、阿瀬金山などは山名、垣屋氏が経営し、山名氏の衰退と下克上に大きく寄与する財源になっていたのではないかと考察します。養父郡北…

【但馬の歴史】(9) 山名氏(4) 生野城(古城山=いくのじょう)

足利三代将軍義満の時代、幕府最高の職で、将軍を補佐して幕政を統轄した管領職があり、斯波・細川・畠山の三氏が任命され、これを三管領家(さんかんりょうけ)と呼んでいた。また、京都の政治を受け持って軍事と警察権をおこなう侍所頭人(武士のトップ)…

【たんごる】 丹後田辺城(舞鶴城)

田辺城門 京都府舞鶴市 室町幕府の成立によって一色満範が丹後国守護職となり舞鶴を含む加佐郡も一色家の統治下に置かれた。以後、丹後国は一色家が守護を努める領国として代々続く。室町時代後期の応仁の乱において但馬他守護山名氏が率いる西軍に属した一…

【たじまる】 村岡山名氏をたずねる

村岡山名氏ゆかりの兵庫県香美町村岡区に行って来ました。 [ 村岡陣屋が置かれた御殿山 あいにく雪で断念しました。また別の機会に行きたいと思います。 武家屋敷 住んでおられ、手入れが行き届いています。 村岡山名氏菩提寺の法雲寺 ↑ それぞれクリックし…

但馬のお城ページを作りました

但馬の山城 兵庫県北部・但馬地方の砦・山城・平城・陣屋・代官所 1896年(明治29年)4月1日以前の行政区画で表記 ■鎌倉時代以前 国史跡 朝来郡|養父郡|気多郡|出石郡|城崎郡|美含郡|二方郡 城の名称 城 主 所在地 居城年間 1.朝来郡 朝来市生野(いく…

山名氏四天王 太田垣氏竹田城(虎臥城)

兵庫県朝来市竹田 山城で全国的にも有名な竹田城は、山陰道と播但道が分岐する交通の要所にそびえ立ち三方が見渡せる。 但馬国はその頃、近畿と中国地方に日本全国60余州の内11カ国を所有し「六分一殿」といわれた山名氏氏の支城で、播磨の赤松氏、丹波…

八木城趾

養父市八鹿町今滝 今日は午前中は叔父の一周忌の法要と、午後からは左官屋をしていた祖父の一番弟子で、遠い親戚にあたるおじさんの葬儀が重なる。 重なったので一周忌法要は母が出席することにしていた。 余裕ができたので出席することにした。 高校の恩師…