但馬国ねっと風土記

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専門家ではない視点からとらわれない最新の歴史から今を知る

たじま昔ばなし

【たじま昔ばなし】 おりゅう柳(養父市八鹿町九鹿)

むかしむかし、今の養父市高柳(やぶしたかやなぎ)の北の山に一本の大きな柳の木がありました。もう何百年もそこに立っているような、とても大きな木でした。 山の北側にある九鹿(くろく)には、おりゅうという近所でも評判のきれいな娘がいました。おりゅ…

【たじま昔ばなし】 粟鹿山 「大山」の地名伝説(朝来市山東町粟鹿)

遠い昔のことです。 但馬(たじま)の山東(さんとう)や和田山(わだやま)のあたりは、向こう岸が見えないほど広い湖でした。粟鹿山(あわがやま)や、まわりの高い山々も、その湖の上に頭を出した島でした。人々は、粟鹿山のことを、大山(おおやま)と呼…

【たじま昔ばなし】 妙見の臼 (養父市八鹿町妙見)

はるかに遠い昔。八鹿(ようか)の妙見山(みょうけんさん)に、妙見菩薩(みょうけんぼさつ)がお下りになったころのことです。 網場村(なんばむら)に森木三右衛門(もりきさんえもん)という人が住んでいました。三右衛門は妻と二人暮らしでしたが、信心…

【たじま昔ばなし】 難儀にあったお大師様(朝来市山東町楽音寺)

何百年か昔、楽音寺(がくおんじ)というお寺にどろぼうが入りました。「何か金目のものはないか」と探しているうちに、お祭りしてあった一尺二寸(四十センチほど)ばかりの金のお薬師様が目につきました。お薬師様は、病気を治してくれる仏様で、手には薬…

【たじま昔ばなし】 五社明神の国造り(豊岡市小田井)

大昔、まだ豊岡(とよおか)のあたりが、一面にどろの海だったころのことです。 人々は十分な土地がなくて、住むのにも耕すのにも困っていました。そのうえ悪いけものが多く、田畑をあらしたり、子供をおそったりするので、人々はたいへん苦しんでいました。…

【たじま昔ばなし】 鼻かけ地蔵(豊岡市楽々浦)

昔、但馬(たじま)の楽々浦(ささうら)の村に、貧しい漁師の男が住んでいました。毎日、楽々浦であみを打って働いていましたが、暮らしは少しも楽になりません。そんなある日、男の夢にお地蔵様があらわれて、こんなふうにおっしゃいました。 「私は、大水…

【たじま昔ばなし】 国造りにまつわるお話

兵庫県立歴史博物館「ひょうご伝説紀行 - 語り継がれる村・人・習俗 ‐」によれば、”アメノヒボコは但馬国を得た後、豊岡(とよおか)周辺を中心とした円山川(まるやまがわ)流域を開拓したらしい。そして亡くなった後は、出石神社(いずしじんじゃ)の祭神…

【たじま昔ばなし】 「鴻の湯」の伝説(豊岡市城崎町)

はるか太古のむかしより、温泉の郷として親しまれている「城崎温泉」。舒明天皇(在位629年?641年)の時代に、コウノトリが傷を癒した伝説がある。コウノトリが足の傷を癒したといわれる城崎温泉最古の湯です。庭園風呂(露天風呂)もあり、山に囲まれている…

【たじま昔ばなし】 あいたっつあん

足の痛み治す神様 葦田神社 豊岡市中郷 (2004/08/26) のどかな田園に囲まれた神社。拝殿の手すりには、靴や松葉づえ、ギプスなどがひもでくくりつけてある。足のけがが治った人が神様へのお礼に供えているのだという。 神様の名前は「あいたっつあん」。足…

【たじま昔ばなし】 かっぱの恩返し  「赤石の者」襲わず(豊岡市赤石)

豊岡市赤石の玄武洞のすぐそば。道路脇にひっそりと立つ地蔵がある。明治時代に近くの川でおぼれた子どもをまつったものだという。 そこでは昔から、かっぱが出て子どもを引っ張るという言い伝えがあり、時々子どもがおぼれていた。 ある時、おじいさんが玄…

【たじま昔ばなし】 淀の洞門 鬼とスサノオ対決

昔むかし、人が現れるよりずっと前の話。竹野の海岸に大きな鬼が住みつき、頑丈な金棒で山のふもとを一生懸命掘っていた。どうやら、岩をくりぬき、金棒でかついで、山ごとどこかへ運ぼうとしていたようだ。 大鬼はやがて、穴を貫通することに成功する。さあ…

【たじま昔ばなし】 青倉さんの不思議な水(朝来市山内)

むかし、朝来(あさご)の伊由谷(いゆうだに)に、たいそう心の優しい、親孝行な息子が、年老いた父親といっしょに住んでいました。二人で小さな畑を耕すほかに、山に入って山菜や川魚をとって暮らしをたてていました。 ある春のことです。お天気がよい日を…

【たじま昔ばなし】 出石乙女(いずしおとめ)

古事記によれば、「むかしむかし、出石(いずし)の里に、出石乙女(いずしおとめ)という、美しくて心のやさしい女神が住んでいました。 出石乙女は天之日樫(あめのひぼこ)の娘で、美しさも家柄も良かったので、多くの若い神々が競って結婚を申し込んだのでした…

【たじま昔ばなし】 竹田城にまつわる昔ばなし

千石の米を食べた千石岩 竹田城は三百㍍もある山上に築かれています。こんな高いところにどうして城をつくったのでしょうか。今のように機械の力があっても並大抵のことではないのに、人の肩と手と足をただ一つの頼りとした五百年も昔では、考えることもでき…

【たじま昔ばなし】 本当は恐い?!「通りゃんせ」伝説(朝来市生野町)

「佐渡の金山、生野(イクノ)の銀山」として知られる銀の町として有名な兵庫県生野。生野鉱山は約1200年前に開坑されたとも伝わる古い鉱山で、操業時の坑道は地下880m・坑道の長さ延べ350kmにも及び、採掘した鉱石は、金・銀・銅・亜鉛など70種類にも及び…