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コラム-歴史の両側

領土問題 『尖閣諸島』 歴史の両側(9) 

尖閣諸島 画像:海上保安庁 尖閣諸島は明治時代に正式に我が国の領土に編入されました。当時の政府は、明治18年以降再三にわたって尖閣諸島の現地調査を行い、単に無人島であるのみならず、清国の支配が及んでいないことを慎重に確認したうえ、明治28年1月14…

歴史の両側(8) 領土問題 『竹島問題.』

島根県 竹島(たけしま)は、北緯37度15分、東経131度52分の日本海にある島。日本領・隠岐と竹島の距離は両島の一番近いところで約157km、韓国領・鬱陵島と竹島の距離は両島の一番近いところで約87kmである。 竹島が発見された正確な年月は不明ですが、遅く…

歴史の両側(7) 領土問題 『北方領土』 学校で教えてくれなかった近現代史(59)

概 要 以下は、戦後、日本に復帰した領土。 トカラ列島 1952年(昭和27年)2月10日復帰。 奄美群島 1953年(昭和28年)12月25日復帰。 小笠原諸島 1968年(昭和43年)6月26日復帰。 沖縄県 1972年(昭和47年)5月15日復帰。 北方領土、竹島問題、尖閣諸島に…

歴史の両側(3) 戦後の中国 学校で教えてくれなかった近現代史(57)

排日運動と中国政府の思惑 第二次大戦が終わり、中国共産党が国共内戦に勝利しました。中華人民共和国を樹立した初期は、現在の反日、仇日とは違い、かつての中国人はジャパン・バッシングをする必要がなかったのです。むしろ、ジャパン・ナッシングの時代で…

歴史の両側(2) 『占領政策と戦後処理問題』

占領政策と戦後処理問題 1952年(昭和27年)に締結されたサンフランシスコ講和条約により、GHQは廃止され、戦後処理は終了しました。ただし、この戦後処理はあくまで連合国側の戦後処理であって、日本国・日本人としての戦後処理は未だに決着していないとす…

歴史の両側(1) 『東京裁判』 学校で教えてくれなかった近現代(55)

[youtube http://www.youtube.com/watch?v=Cx5Wyl8C8YI&hl=ja&fs=1&] 凛として愛(7/7) 『凛として愛』 靖国神社で会おう 2006年12月13日(土)13時30分より、皇居北の丸公園・科学技術館サイエンスホールにて、《判決60年特別企画シンポジウム》「今あらた…

歴史の両側 中国をめぐる日米関係の悪化

目的不明の泥沼戦争 中国(当時は支那)との戦争が長引くと、日本は国を挙げて戦争を遂行する体制をつくるため、1938(昭和13)年、国家総動員法が成立しました。これによって政府は議会の同意なしに物資や労働力を動員できる権限を与えられました。またこの…

終戦記念日と靖国神社

八月十五日、終戦記念日。国の公式行事として英霊に対して天皇陛下、首相など国を代表して靖国神社に参拝し、12時のサイレントともに戦没者に黙祷を捧げ、武道館で戦没者追討慰霊式典が行われる。 評論家、西村 幸祐氏は 一部のマスコミがほとんどが安直な…