但馬国ねっと風土記

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専門家ではない視点からとらわれない最新の歴史から今を知る

但馬の中世

但馬の中世武家社会の台頭と但馬守護

奈良時代の律令制からにおける地方行政組織である国司・郡司などは、平安時代末期の平治政権から、武家政権(幕府)である鎌倉時代には無実化し、地頭が設置された。平氏政権期以前から存在したが、源頼朝が朝廷から認められ正式に全国に設置した。在地御家…

楽々前(ささのくま)城と宵田城の落城

楽々前(ささのくま)城と宵田城の落城 天正八年(1580)、羽柴秀吉の但馬侵攻に際して、ときの城主垣屋峰信は織田勢に抗戦、敗れて討死したという。その後、秀吉政権下の有子山城主の支配化におかれ、 現在みられる縄張りはそのおりに改修されたものと考え…

【但馬の歴史】(39) 秀吉の但馬平定(2) 竹田城落城

高生田城(たこうだじょう)落城 朝来市和田山町糸井の寺内と高生田の境の山に、中世戦国時代の山城の跡があります。この城を高生田城または福富城と呼んでいます。 この城は山名宗全が全盛のころの山城のひとつで、規模は小さいですが、豊臣勢に滅ぼされる…

【但馬の歴史】(38) 秀吉の但馬平定(1)

中国地方攻略 織田信長に中国地方攻略を命ぜられた秀吉は、播磨国に進軍し、かつての守護赤松氏の勢力である赤松則房、別所長治、小寺政職らを従えていきます。さらに小寺政織の家臣の小寺孝高(黒田孝高・官兵衛)より姫路城を譲り受け、ここを中国攻めの拠…

室町 但馬守護 太田氏

[catlist id=34 orderby=title order=asc] 国府(国衙)・群家(郡衙)が権力を維持していた時代から、旧豪族であった武士が実権支配する時代に入ります。 鎌倉期の守護は、1180年(治承4)、源頼朝が挙兵し、鎌倉へ入った後、諸国に置いた守護人に始まると…

【たじまる】 村岡山名氏をたずねる

村岡山名氏ゆかりの兵庫県香美町村岡区に行って来ました。 [ 村岡陣屋が置かれた御殿山 あいにく雪で断念しました。また別の機会に行きたいと思います。 武家屋敷 住んでおられ、手入れが行き届いています。 村岡山名氏菩提寺の法雲寺 ↑ それぞれクリックし…