但馬国ねっと風土記

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但馬国ねっとで風土記

専門家ではない視点からとらわれない最新の歴史から今を知る

【但馬の城ものがたり】 山名持豊と九日市守護所

「武家列伝」山名氏によると、 山陰地方に大勢力を築いた時氏らは、南朝方と呼応して文和二年(1353)には京に攻め入り、京を支配下においた。そして、直義の養子である直冬に通じて義詮方と対抗した。以後、直冬党として幕府と対立を続けたが、貞治二年(13…

【但馬の城ものがたり】 山名氏(10) 村岡陣屋(美方郡香美町村岡区御殿山)

七美(ひつみ・美方郡東部)で城というと、やはり村岡陣屋です。 村岡陣屋・御殿山公園(美方郡香美町HPより) 八代義方が文化3年(1806)に陣屋を尾白山(今の御殿山公園)に築いて、代々この場所を本拠として七美五郷を治めました。 明治4年に村岡藩…

【但馬の城ものがたり】 七美(ひつみ・美方郡東部)の古城ものがたり(美方郡香美町)

高堂(たかどう)城 香美町村岡区総合庁舎の裏山、観音山に大谷城主田公氏の一族の支城、高堂城がありました。天正五(1577)年十月、但馬征伐で羽柴秀吉の家臣宮部善祥房が攻略に向かいましたが、その後高堂城は落城しました。 祖岡(けびおか)城 祖岡村(…

【たじま昔ばなし】 竹田城にまつわる昔ばなし

千石の米を食べた千石岩 竹田城は三百㍍もある山上に築かれています。こんな高いところにどうして城をつくったのでしょうか。今のように機械の力があっても並大抵のことではないのに、人の肩と手と足をただ一つの頼りとした五百年も昔では、考えることもでき…

【但馬の城ものがたり】 出石(いずし)此隅山城と有子山城

山名時氏以来、城崎荘(豊岡市九日市)を本拠とし、その後、守護所としたが、今の九日市上町の国道と旧道の間にお屋敷があった。当時の円山川は国道の堤防付近まで湾曲して流れていて、少し上流の出石川が合流する上佐野には船着き場があった。女代神社には…

【但馬の城ものがたり】 明智光秀と水生(みずのお)城

豊岡市日高町上石 『但馬の城ものがたり』という書物によれば、昭和50年現在において確認されている但馬の城の数は、215だそうです。この中には徳川時代の陣屋も加えられていますが、まだ未確認の山城もまだあるだろうといわれています。日高町内では20で…

【但馬の城ものがたり】 篠部氏と志馬比城(美方郡香美町香住区香住)

昭和42年五月二十日の各新聞の但馬地方版は「香住町月岡公園で、有馬(有間)皇子の墓が発見された。」と報じています。 有馬皇子とは、日本書紀に、斉明天皇の四年十一月五日に謀反が発覚し、捕らえられて、同年十五日には紀伊国藤白坂(和歌山県)で処刑…

【但馬の城ものがたり】 長(ちょう)氏と林甫城(美方郡香美町香住区訓谷)

むかし、山名右衛門督祐豊(うえもんのかみすけとよ)が但馬国の守護として、出石城にいたとき、古い記録によると、天文九年(1540)、訓谷林甫城(りんぽうじょう)の城主は長越前守信行でした。香住郷の無南垣(むながい)のお城に、塩冶左右衛門尉(やん…

【但馬の城ものがたり】 丹生氏(にゅうし)と上計養山城(美方郡香美町香住区上計)

「上計(あげ)のお殿さんは、四十二の祝いの餅をのどにつめて死んだのだそうな。」 この話は、柴山地区の人ならみんな物心がついたころから聞かされる話です。日本海有数の避難港であり、カニ漁港としても知られる柴山港を、朝に夕に見下ろしている上計の城…

【但馬の城ものがたり】 塩冶(えんや)氏と芦屋城(美方郡新温泉町芦屋)

塩冶(えんや)周防守 但馬山名氏家臣。但馬美方郡(浜坂町)芦屋城主。 播磨屋さんの武家家伝によりますと、 近江源氏佐々木氏の一族で、鎌倉・南北朝時代の守護大名。宇多源氏の成頼が近江国蒲生郡佐々木庄に住み、子孫は佐々木氏を称しました。成頼の玄孫…

【但馬の城ものがたり】 八木氏族 宿南(しゅくなみ)氏と宿南城(養父市八鹿町宿南)

宿南氏の祖という三郎左衛門能直は、八木新大夫安高の孫にあたり、養父郡宿南庄(養父市八鹿町宿南)に宿南三郎左衛門能直(初代?)の長男重直を宿南庄に置いていましたが、康永年間頃(1342-45)、宿南太郎佐衛門信直によって築城し、地頭館を山に移したといわ…

【但馬の城ものがたり】 八木氏流 田公氏(たきみし)と大谷城(美方郡香美町小代区)

家紋:木 瓜(日下部氏流) *日下部氏の代表紋として掲載。 田公氏の紋は不詳。 七美(しつみ・美方郡東部)村岡・城主。田公氏は但馬国の日下部氏族八木氏から別れた中世豪族で、その出自は、孝徳天皇の皇子表米親王の末裔が田公郷に土着して田公氏を名乗っ…

【但馬の城ものがたり】 山名四天王 田結庄氏と鶴城

参考略系図 称田結庄氏 越中次郎兵衛 宮井太郎兵衛尉 桓武天皇━葛原親王・・・平 盛嗣(盛継)━━盛長━━━━━盛重━━盛行━┓ ┃ ┏━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃ 鶴城主 ┃ 左近将監 左近将監1642没 ┗━盛親━━盛敏━国盛━━重嗣・・・是義━━━━盛延 田結庄氏の祖…

【但馬の城ものがたり】(26) 太田垣氏(2) 応仁の乱と太田垣氏

戦国時代(1467~1568)、但馬の守護大名である山名氏の中でも、親と子、主君と家来同士の間で、血なまぐさい合戦があちこちで行われています。 応仁の乱ののち山名の勢力は急速に衰え、国内にも分裂が起こり、文明十三年(1481)九月にはいったん但馬に引き…

【但馬の歴史】(24) 日下部氏流(3) 八木氏

三つ盛木瓜/九曜 (日下部氏朝倉氏族 右:見聞諸家紋にみえる八木氏の横木瓜紋) 武家家伝 八木氏は、開化天皇の子孫とされる但馬の表米王から数代のち、古族日下部氏から出て養父郡朝倉庄に城を築いた朝倉高清の次男安高(一説に孫)が、但馬国養父郡八木を…

【但馬の城ものがたり】 日下部氏流(2) 朝倉氏

朝倉氏の起源 養父郡八鹿町朝倉(養父市八鹿町朝倉)は、越前国(福井県)の守護となって北陸に勢力を張った朝倉氏の出身地として知られています。この村の高さ60mばかりの山の上に残る城跡が朝倉城です。室町時代の末頃、朝倉大炊守(おおいのかみ)が城主…