但馬国ねっと風土記

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但馬国ねっとで風土記

専門家ではない視点からとらわれない最新の歴史から今を知る

神功皇后と朝鮮半島

第五章 神功皇后・但馬物部氏編 『但馬故事記』(第五巻・出石郡故事記)に、 第6代孝安天皇の御代、新羅の王子天日槍が但馬出石で帰化し、初代多遅麻国造となった。 突如、よそ者、しかも新羅の渡来人が大丹波では中心から離れた但馬に入っていて、但馬国を…

最初の但馬人

第一章 黎明編 豊岡市で考古学の先駆者として知られている但馬考古学研究会の故瀬戸谷晧氏は、HP「但馬最古の遺物を求めて」で、 「ひと昔前は但馬には本格的な旧石器時代の遺物はないと考えられていた。旧石器時代、すなわち土器製作を未だ知らない一万数千…

第六章 大化の改新編 但馬に圧倒的に多い兵主神社の訳は?!

但馬には兵主神社という神社が出石神社を取り囲むように郡境などにあって際立って多い。このような地域は全国的にも例がない。 兵主とは武神で、後の八幡神社も武神です。滋賀県野洲市にある兵主大社の祭神は八千矛神(やちほこのかみ)(大国主神)を主祭神…

第二章 天火明命編 丹生(にゅう)と日本海水銀ベルト

第二章 天火明命編 [wc_skillbar title="丹生(にゅう)と日本海水銀ベルト" percentage="100" color="#e45e32"] (丹色) [catlist id=589] 丹波国は、古くは但馬・丹後を含む大きな国だった。 『但馬故事記』は、天照国照彦櫛玉饒速日天火明命が、この国を…

第二章 天火明命編 天火明命 谿間に来たり

第二章 天火明命編 [wc_skillbar title="天火明命 谿間に来たり" percentage="100" color="#e45e32"] [catlist id=589] 弘仁5年(814)-天延3年(975)にわたり、但馬国府の多数の国学者によって編纂された『国司文書・但馬故事記』は、第一巻・気多郡故…

但馬の神奈備(かむなび)

たじまる

「瀬戸の岩戸」を切り開いた国造り伝承は縄文海進だった

第一章 黎明編 [wc_skillbar title="「瀬戸の岩戸」を切り開いた国造り伝承は縄文海進だった" percentage="100" color="#007bbb"] [catlist id=582] 黄沼前海(キノサキノウミ) 縄文時代の豊岡盆地 (Mutsu Nakanishi さんよりお借りしました) 天日槍(あ…

最初の日本人はどこから来たのか

第一章 黎明編 [wc_skillbar title="最初の但馬人(たじまじん)" percentage="100" color="#007bbb"] [catlist id=582] 最初にやって来た但馬人はどのようにやって来たのだろう。そもそも、われわれの日本人の祖先はどのように日本列島にやってきたのであろ…

【但馬史パラドックス】

[wc_skillbar title="但馬史パラドックス" percentage="100" color="#6adcfa"] [wc_button type="danger" title="但馬国誕生ものがたり" target="self" position="float"]但馬国誕生ものがたり[/wc_button][wc_heading type="h3" title=" -定説を覆し真実を…

但馬国誕生ものがたり 『但馬故事記』から読み解く但馬国府の所在地

第一章 黎明編 但馬国府の所在地は、但馬史の長年の謎とされている。 『日本後紀にほんこうき』延暦23(804)年正月の条に、「但馬国府を気多郡高田郷に遷す」と書かれていることから、少なくとも2ヶ所の但馬国府移転が考えられる。遷された理由や、どこか…

第五章 神功皇后・但馬物部氏編 但馬国府以前の多遅麻国造

第五章 神功皇后・但馬物部氏編 [wc_skillbar title="彦座王と丹波の鬼退治" percentage="100" color="#e45e32"] [catlist id=589] 大県主から国造(くにのみやつこ)が任命され、のち国司・但馬守・但馬介と首長の名称が変わった。 天日槍 人皇6代孝安天皇5…

二方郡から消えた三郷

第七章 新但馬国編 [wc_skillbar title="二方郡から消えた三郷" percentage="100" color="#007bbb"] [catlist id=588] 延喜式神名帳に、二方郡は五座(小)で、温泉郷は二方郡(新温泉町)だが、元の浜坂町に二方神社(指杭)、大家神社(二日市)、大歳神社…

但馬の国司(守)

第七章 新但馬国編 [wc_skillbar title="但馬の国司(守)" percentage="100" color="#007bbb"] [catlist id=588] 都が794年に奈良から京都へ遷され、時代は平安時代になります。平安前期は、前代(奈良時代)からの中央集権的な律令政治を、部分的な修正…

第四章 彦座王と大丹波編 但馬最大の池田古墳は誰なのか?

第四章 彦座王と大丹波編 池田古墳は、長さが141mの前方後円墳で古墳時代中期(5世紀前半)とされており、この時期では日本海側で最大の規模を誇る。但馬の大型古墳はすべて南但馬にあり、特に池田古墳や茶すり山古墳が造られた和田山地域は、円山川と街道…

第六章 大化の改新編 但馬に式内社が異常に多い謎は日本海の防衛基地だった

第六章 大化の改新編 式内社(延喜式神名帳記載の神社)が多い但馬で触れたように、但馬国は式内社の数が、畿内ではないし、他の旧国と比べて決して面積的にみても特別大きいといえないにも関わらず、式内社の数が大和・伊勢・出雲や近江に次いで、131座…

第五章 神功皇后・但馬物部氏編 但馬は半島との前線防御基地

第五章 神功皇后・但馬物部氏編 人皇15代神功皇后二年5月21日、気多の大県主・物部連大売布命が亡くなった。その子・物部多遅麻連公武が多遅麻国造となった。 式内 氣比神社(豊岡市気比) 豊岡市気比。『ウィキペディア(Wikipedia)』によると、同じ…

第六章 大化の改新編 3/8 但馬に集中する兵主神の謎

第六章 大化の改新編 兵主(ひょうず)とは? 兵主神社(ひょうずじんじゃ)ってご存じですか? 兵主とは、「つわものぬし=武士」と解釈され、八千矛神(ヤチホコノカミ=大国主神)を主祭神の神としています。矛は武力の象徴で、武神としての性格を表して…

古墳-9

たじまる

第九章 山名氏と但馬 山名四天王 田結庄氏(1)

第九章 山名氏と但馬 津居山 田結庄氏は、但馬国城崎郡田結郷田結庄(豊岡市田結)を本貫とする中世豪族でした。田結(たい)は、円山川が日本海の注ぐ河口で、海水浴で知られる気比ノ浜の東に位置する漁村です。わかめ漁などがさかんです。 田結庄は「たい…

第九章 山名氏と但馬 日下部氏流(4)太田垣氏

第九章 山名氏と但馬 太田垣(おおたがき)氏 家紋:木 瓜 (但馬国造日下部氏後裔) *家紋を九枚笹とする説もある。 武家家伝さん 太田垣氏も、八木氏同様、但馬国造彦座王から日下部連の後裔を称する古来からの但馬の名族です。 『日下部系図』によると、第…

第九章 山名氏と但馬 垣屋氏(5) 垣屋氏と山名氏の対立

第九章 山名氏と但馬 轟・垣屋氏と楽々前・垣屋氏 垣屋氏は板東から山名時氏に従って、但馬に移り住んだのが垣屋家が山名氏に仕えた始まりで、以後代々山名氏の家老となる。 山名氏から気多郡の西気谷の三方郷に所領を与えられたようであるが、弾正の孫の代…

第九章 山名氏と但馬 大岡山と進美寺

第九章 山名氏と但馬 大岡山と進美寺 南北朝のころ、気多郡(豊岡市日高町)の南東にそびえる須留岐山は、その名の通り剣のような男らしい山ですが、気多郡の西に位置する大岡山は、なだらかな稜線をした女性らしい山です。 『三大実録』(868)に正六位上大…

多遅麻国造から国司但馬守へ

第七章 新但馬国編 [wc_skillbar title="多遅麻国造から国司但馬守へ" percentage="100" color="#007bbb"] [catlist id=588]但馬守 960年頃 源経基 1010年頃 源頼光 1110年頃 平正盛 平経正 1130年頃 平忠盛 1182年 平重衡(権守) 矢沢頼康 柳生宗矩 剣術家…