但馬国ねっと風土記

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筑紫紀行

筑紫紀行 巻九より 6 湯島にて

十二日晴。 神社仏閣を尋ねるべく参詣せんとて宿を出て町を西の方に行けば、町幅狭く町並みは悪しき。されど三階造りの大なる宿屋、或いは華好(きれい)なる小間物屋、及び麦わら細工の職人など多し。中の町に至れば四所明神の社あり。これは出石明神をうつ…

筑紫紀行 巻九より 5 城崎郡へ

豊岡までは川浅く水はやし。折々舟すわりて動かぬ事あれば。船頭川に立ち入て下す豊岡。(納屋村より是まで一里半)京極甲斐守殿(一万石)の御城下なり。 川舟の湊なり。出待ちという一箇所に橋あり。ここに茶屋多し。町は通筋二十丁余りもあり。海舟も北海…

筑紫紀行 巻九より 4 気多郡へ

ニ、三丁行けば(気多郡)岩中村。農家三、四十軒あり。引き続いて宵田町。(小田村よりここまで一里半) 上中下の三町あり。商家・宿屋・茶屋あり。町の中通に溝川あり。 引き続きて江原村。人家百四、五十軒。茶屋あり。商家多く酒造の家あり。 二丁ばかり…

筑紫紀行 巻九より 3 養父郡へ

十日晴れ。卯の刻過ぎに立ち出ず。 二丁行けば堀畑村。農家三十軒ばかりあり。五丁ばかり行けば西は出石領、東は御公領(天領)という領地境の表あり。 これより大川(円山川)の岸を通って二十丁ばかり行けば養父(やぶ)の宿。(高田より是まで二十五丁)…

筑紫紀行 巻九より 2 上粟賀村~竹田

九日晴、卯の刻頃に立ち出ず。 駅を離れて板橋を渡れば、上粟賀村。人家二百軒ばかり茶屋あり。出口に戸田川渡りて四十間余りの川あるを土橋より渡る。これより山道に入る。 入口はよし殿村。二十丁ばかりの間に一つの小農家まぶたにあり。その先は八百軒余…

筑紫紀行 巻九より 1 播但道を粟賀へ

筑紫紀行は、尾張の商人、菱屋平七(別名吉田重房)が、伯父の商家「菱屋」を継ぎ40歳で楽隠居となり江戸から九州まで広く旅を楽しんだ。この紀行は享和2年(1802)3月名古屋を出て京・大坂を経由して九州長崎を旅したときの記録である。当時の旅行…