但馬国ねっと風土記

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銅鐸の謎~破壊されたミステリー

10.銅鐸・鰐口・神社の鈴

身近な祭式に用いられたかも知れない銅鐸は、地中に埋められ人々の前から姿を消してしまう。 寺院などの軒先にある風鐸、鰐口、鈴は残った。本来鈴の清らかな澄んだ音色には、悪いものを祓う力があると信じられてきた。 神社で拝殿前に吊るされた鈴も、お参…

08.銅鐸はなぜ消えたのか

[wc_box color=“warning” text_align=“left”] 銅鐸はなぜ消えたのか [/wc_box] 砕かれた銅鐸見つかる! 久田谷銅鐸片 豊岡市立歴史博物館(但馬国府・国分寺館)蔵(許可を得て拙者撮影) 久田谷遺跡で発見された銅鐸は、すべて5~10センチ前後に砕かれ、復…

【銅鐸の謎】 1 破壊されたミステリー

謎だらけの日本古代史にあって、とびきりミステリアスな歴史区分として、「銅鐸(どうたく)」を取り上げたいと思います。 砕かれた銅鐸見つかる! わが町日高町は、全国でも稀な打撃により粉々に破壊されて出土した「久田谷銅鐸」があります。 歴史研究家 …

10 実験『銅鐸を壊す』

[wc_box color="warning" text_align="left"] 実験『銅鐸を壊す』 [/wc_box] 兵庫県加古郡播磨町大中 銅鐸破壊実験見学のため、かねてから一度訪ねてみたいと思っていた兵庫県立考古博物館に行って来ました。 豊岡市から播磨町へは兵庫県(本州)の北端から…

9 銅鐸が姿を消してから古墳が築かれるまでの空白

[wc_box color="warning" text_align="left"] 銅鐸が姿を消してから古墳が築かれるまでの空白 [/wc_box]

7 銅鐸はどのように埋められたのか

[wc_box color="warning" text_align="left"] 銅鐸はどのように埋められたのか [/wc_box] 埋納状況 埋納状況については、村を外れた丘陵の麓、或いは頂上の少し下からの出土が大部分であり、深さ数十センチメートルの比較的浅い穴を掘って横たえた物が多いの…

6 銅鐸は何に使われたか

[wc_box color="warning" text_align="left"] 銅鐸は何に使われたか [/wc_box] 現在のところ用途は未だ定かではありませんが、第一に、銅鐸は日常の物ではないのです。つまり家庭用品ではありません。銅鐸は特殊なものであるということがまず大前提です。2…

5 銅鐸の形状と紋様

[wc_box color="warning" text_align="left"] 銅鐸の形状と紋様 [/wc_box] [catlist id=32]銅鐸のかたち 野洲市歴史民俗博物館(銅鐸博物館) によりますと、銅鐸は、つり手「鈕」(ちゅう)とバケツをひっくり返したような「身」(み)、つり手から身にかけて張…

4 銅鐸とはいったいなんだろうか

[wc_box color="warning" text_align="left"] 銅鐸とはいったいなんだろうか [/wc_box] 前日本最多の銅鐸 加茂岩倉遺跡 次:銅鐸の形状と紋様 銅鐸(どうたく)とはいったいなんだろうか 銅鐸は神を招くカネといわれていますが、本来は楽器ではないかといわ…

3 日本最多の銅鐸 加茂岩倉遺跡

[wc_box color="warning" text_align="left"] 日本最多の銅鐸 加茂岩倉遺跡 [/wc_box] 平成8(1996)年10月14日、加茂町(現雲南市)岩倉で農道の法面工事のためパワーショベルで山の斜面を削っていたところ、大量の銅鐸の出土により加茂岩倉遺跡は発見され…

2 世紀の大発見!! 荒神谷遺跡

[wc_box color="warning" text_align="left"] 世紀の大発見!! 荒神谷遺跡 [/wc_box] 島根県出雲市斐川町神庭 昭和58(1983)年、広域農道(愛称・出雲ロマン街道)の建設に伴い遺跡調査が行われた。調査員が田んぼのあぜ道で一片の土器(古墳時代の須恵器)を…