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おわりに

戦後70年、日本は1970年代には経済成長を遂げ、隣国の中国・韓国は、日本に学べと経済援助や技術協力を行い、その陰でアメリカ軍が国防上守っていることをまるで忘れているように憲法9条があるから平和だと本当にそう思っているのかまるきりおバカなのか、中国や朝鮮半島が感謝する民族なのかは、顧みず、それは反比例して日本を侵略することしか考えていない。これをみると、今の中国・北朝鮮・韓国は、アメノヒボコの時代から2千年経っても、ちっとも進歩しない繰り返しであることが分かる。

明治になって、日本は西洋近代化を成し遂げ、欧米列強に肩を並べるためには、あまりに遅れた突き出た斧のような朝鮮半島は、最も近い大陸の付け根。侵略の危機を防ぐ必要があった。神功皇后の数千年前にも、その危機は迫っていた。仕方なく半島を併合し、なんとかあまりに遅れていた朝鮮人を近代化させようと、漢字も読めない文盲ばかりの人々に、文字としてハングル文字を発掘し、学校を作り、禿山の国土を植林し、道路鉄道を整備し、稲作を広め、名字を与え、人口や寿命は倍以上となる。それは、アジア諸国を欧米の植民地化ではなく、あくまでも日本と同等に独立させたいというアジア唯一の国際連盟常任理事国日本の果たすべき役割でもあった。

彼ら朝鮮とは建国からして何もない民族だ。それは地勢上とくに重要な場所でもないが、倭国から大陸をつなぐルートとして、北部九州から沖ノ島対馬任那-海沿いから随や唐への通過点に過ぎない。

天日槍の推定する紀元前から西暦100年の頃には、朝鮮半島は未開の地だった。新羅倭国のものが多婆那国(おそらく古丹波国)から脱解がその新羅国の王となり、その子孫に皇統のヒボコがいた。つまり、新羅の基礎を築いたのは倭人倭国大和国)である。それは列島より後とされる前方後円墳が半島南部に築かれた古墳時代後期まで続いてきた。やがて北部から大陸系民族の高句麗が起き、土着のワイ族の小国や、南部は倭国の一部であったが、天日槍(ヒボコ)のころは半島南部の任那伽耶倭国はまだおだやかだったのかも知れない。

しかし、神功皇后の頃に、大きな変化が朝鮮半島のその周辺で興りつつあったのだ。東南部から起きた新羅倭国任那伽耶諸国へ侵攻し始めたのだ。今も昔もシナ朝鮮民族とは、恩を仇で返す。その繰り返しである。この間違った価値観は、日本や世界にとって目先の利益以外に多くのものを失う。

それに引き換え、我々日本人の感覚に近いのは台湾である。いいものは取り入れ、いけないものは取り入れない。日本人は大陸系のシナ朝鮮人たちとは根本的に似て非なる民族なのだ。日本統治による文化や資産はいろいろありながら、敬意と感謝をを持ってくれる。恩を仇で返すのがシナ朝鮮人。今も昔も変わらないし、変わろうが勝手にしろであり、むしろ援助ではなくできるだけ付き合わないこと。愛のムチこそそれでこそ彼らに対する友好であろう。自力で目覚めさせるには、相手にしない事である。

友好国として付き合うべきは、同じ島国の台湾であり、フィリピンであり、東南アジアのインドネシアスリランカなどであり、同じ海洋性民族のハワイや太平洋の島国に近い。

ヒボコも、聖徳太子も、西郷隆盛も、福沢諭吉もシナ朝鮮とは付き合うな!何遍も述べていることがわかる。だからといって中国人であろうと韓国人であろうと、日本人であろうと、地球上のすべてにおいて、個別に付き合うべき人とそうではない人は考えれば同じであろう。まして中国といっても、本当の漢人のシナは万里の長城内の日本列島程度である。60以上の民族がいるし、彼らは何もないから中華思想ですべてのものは自分のものということで、モンゴル、チベットウイグル、その他民族を殺してきたのが中国の古来からの歴史だ。万里の長城とは臆病者だったことの証だからだ。何千年の歴史とは、シナ朝鮮人とは何千年たっても進歩しないこと。それが中国が誇れる四千年の唯一の歴史だろう。

補足として

自らの経験として、ソウル(まだ総督府があった頃に見学)、済州島、上海、香港、マカオ台北へは、20年前のまだバブルで、中国や韓国との関係も良かった頃、渡航経験はあります。

 

 

 

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