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第2章 3.出石神社 八種ものご神宝の謎

出石神社のご祭神の不思議 「なぜ8種ものご神宝が、天日槍より先に祀られているのか?」

現在の出石神社のご祭神は、

  • 伊豆志八前大神(いづしやまえのおおかみ、出石八前大神)
  • 天日槍命(あめのひぼこのみこと)

延長5年(927年)成立の『延喜式神名帳における社号は、伊豆志坐神社八座とし、座は祭神の数を意味し8座。

神社(神道)はもともと自然信仰で、山や岩、水、雷、火など自然の神を擬人化したものから始まり、やがて天津神国津神の人物神を祀った。しかし出石神社のような神宝を人格神と同等に祭神に祀る例はなく、しかも八種もの神宝は多すぎる。出石神社には、なぜ八種ものご神宝が祭神として祀られているのか?

出石神社が神社の祭神として珍しい道具である八種の神宝を祀る意味は?

古事記』(応神天皇記)では次の7種で、槍・矛または刀などの武器類はない。

  • 珠 2貫
  • 浪振る比礼(なみふるひれ)
  • 浪切る比礼(なみきるひれ)
  • 風振る比礼(かぜふるひれ)
  • 風切る比礼(かぜきるひれ)
  • 奥津鏡(おきつかがみ)
  • 辺津鏡(へつかがみ)

日本書紀垂仁天皇3年3月条 七種の神宝

  • 羽太の玉(はふとのたま) 1箇
  • 足高の玉(あしたかのたま) 1箇
  • 鵜鹿鹿の赤石の玉(うかかのあかしのたま) 1箇
  • 出石の小刀(いづしのかたな) 1口
  • 出石の桙(いづしのほこ) 1枝
  • 日鏡(ひのかがみ) 1面
  • 熊の神籬(くまのひもろき) 1具

日本書紀』別伝 八種の神宝

  • 葉細の珠(はほそのたま)
  • 足高の珠
  • 鵜鹿鹿の赤石の珠
  • 出石の刀子
  • 出石の槍
  • 日鏡
  • 熊の神籬
  • 胆狭浅の大刀(いささのたち)

日槍は八種の神宝に由来しているとするならば、なぜ七種しか記述がないのか?

日本書紀』別伝にようやく、胆狭浅イササ太刀タチを加えた八種を記述している。垂仁天皇3年3月条では7物で、太刀は含まれていないではないか。と思うだろう。私も最初はそう思った。

出石の小刀(垂仁3月条)、出石の刀子(別伝)とあるが、脇差のような短刀というより、これは武器ではなく削る工具だと考えるという。武具ではないので日槍というから槍や矛から勇ましい武神を連想させられるがそうではない。

国史文書 但馬故事記(第五巻・出石郡故事記)は天日槍について詳細に記している貴重な史料であるので引用する。これは『日本書紀垂仁天皇88年条を引用したものであろうか。

人皇11代垂仁天皇88年秋7月朔(陰暦の1日)、(天皇は)群臣に勅して曰く。 「我は尋ねたい。むかし新羅王子・天日槍命が初めて帰来した時に携えてきた宝物が、いま多遅麻国の出石社(出石神社)にあると聞く。我はこれをぜひ見てみたい。持って参れ。」 群臣はこの勅を受けて、使いを多遅麻に遣わし、清彦すがひこ(多遅麻国造)にこれを奉った。 清彦はそれに応じ、 羽太玉はふとのたま 一個・足高玉 一個・鵜鹿々赤石玉うかかのあかしのたま 一個・出石刀子とうす*1 一口・出石杵(ほこの誤記ではないか?) 一枝・日鏡ひのかがみ 一面・熊神籬くまのひもろき 一具・射狭浅太刀いささのたち 一口 を携え皇都に上った。 清彦は、しばらくして神宝を奉ったが、ひとつの神宝は祖先に対して申し訳がないと、出石刀子を袍中*2に隠し、残りを献上した。 天皇は大いに歓喜し、酒饌しゅせん(酒と肴)を清彦に振る舞った。たまたま出石刀子が袍中からこぼれ、帝の御前にあらわれた。 天皇はこれを見て清彦に申された。 「その刀子は、何の刀子であるか?」 清彦は隠すことができず「これもまた神宝の一つでございます」と申し上げた。 天皇は「神宝はすべて渡しなさい」と云われたので、他の神宝と共に宝庫に納めた。 それから後、天皇が宝庫を開かせると、刀子がなくなっている。使いを多遅麻に遣わして、これを清彦に問うた。 清彦は「一夜して刀子が私の家に至っていました。これを神庫に納め、翌朝はこれを改めておりません。」 天皇はこれを聞いて、その霊異をかしこみ、強いて求めることはしませんでした。 その後、刀子は自ら淡路(島)に至った。 島人は祠を建ててこれを祀った。これを世に剣ノ神と云う。*3 天清彦命は、大和・当麻のたぎまめひひめのみこと(当麻咩斐毘売命)を娶り、 多遅麻毛理命たぢまもりのみこと(第6代多遅麻国造・『日本書紀』では田道間守)・多遅麻日高命たぢまひたかのみこと(第7代多遅麻国造)・須賀諸男命すがのもろおのみこと(初代出石県主)・須賀竈比咩命すがのかまひめのみことを生む。

1 刀子(とうす) 削るなど加工の用途に用いられる万能工具 2 中 検索で見当たらないので、儀礼的に立派な包みの意味では、あるいは胸元か)

*3 出石神社(生石おいし神社とも言う。良湊神社が管理) 兵庫県洲本市由良生石崎

国史文書 但馬故事記 註解』の吾郷清彦氏は、出石郡故事記の巻末に「天日槍の出自と倭韓一国説」を取り上げている。

本郡記(出石郡故事記)は、まことに神功皇后すなわち息長帯比売命の母系先祖との関係、および稲飯命の子孫と称せられる新羅王の系譜についても相当詳しい叙述を行っている。 (中略)稲飯命の子孫と伝える記録を事実とすれば、これは血族の里帰りというべきであろう。

なぜ、崇神・垂仁、神功皇后の条になると、但馬がにわかに記紀に登場してくるのだろうか。また、出石はそれまで出雲系の県主が出石を治めていたのに、天日槍が突如登場し、しかも初代多遅麻国造になって丹波から分立して但馬国が出来る。脈略がつながらず人為的である。


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