但馬国ねっと風土記

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山名氏四天王 太田垣氏竹田城(虎臥城)

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兵庫県朝来市竹田 山城で全国的にも有名な竹田城は、山陰道播但道が分岐する交通の要所にそびえ立ち三方が見渡せる。  但馬国はその頃、近畿と中国地方に日本全国60余州の内11カ国を所有し「六分一殿」といわれた山名氏氏の支城で、播磨の赤松氏、丹波の細川氏と、山名氏と幾度も乱を起こした相手との出陣の砦のようなものだったとか。四天王のひとり太田垣氏が初代城主で朝来郡生野銀山を収めた。  四天王の垣屋氏が気多郡と金山の要、楽々前(ささのくま)城と城崎道の要、宵田城、竹野へ通じる轟城。  八木氏が山陰道の八木川沿い養父郡を、田結庄(たいのしょう)氏が久美浜へ通じる愛宕山に築城し城崎郡を収めていた。  のちに豊臣氏の但馬平定によって、秀長氏に与えられ、没後、播磨龍野城主赤松氏が城主の頃に大修復が行われた。壮大な城郭はこの頃に13年の歳月をかけて築かれたもの。虎が横たわっているように見えるこよから別名「虎臥城(こがじょう)」と呼ばれる。 清酒 虎臥城 巨人の前に虎がいるということで阪神ファンにもおすすめ(^^)。 (ちなみにその折りに筆頭家老といわれる三日月町中島砦の中島重右衛門は、母方の本家で、おじいさんまで代々中島重右衛門を名乗り、13代目の伯父からあまりにも古くさいと言うことで重夫、弟の伯父が重門になった。先日叔母の一周忌で墓参りに行って、久しぶりに会った従兄弟とそんな話題になった。(^^) 中学・高校の同級生に谷垣、田結庄、太田垣がいた。今思えば子孫なのかも。。。

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