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但馬の偉人 東大初代総理 加藤 弘之

但馬の人物 ▼ジャンル

f:id:kojiyamane:20170110145953j:plain 東大初代総理 加藤 弘之

天保7年6月23日生まれ。ドイツ文学の先駆者。幕府政治の改革を唱え、近代政治の基盤をつくりました。

日本で最初の博士号を取得。東京大学初代綜理をはじめ、官界学界の多数の官職を歴任。

文部大丞・元老員議官・貴族員議員・宮中顧問官・学士院院長・枢密顧問官。 初代東京大学総長 1836年~1916年

出石藩主、兵学師範の家に生まれる。弘道館に学び17歳の時父親と共に出府。「書物も自分で書き写さなければならぬ」と、貧困と戦いながら勉学に励んだ。

特にドイツ学を極め、明治三年から八年まで明治天皇の進講役を務め、欧米の政体制度やドイツ語の講議をおこなっている。福沢諭吉とも親しかったが、好対照に幕府の御用学者としての権威主義的色彩を強く持つようになり、「政府はまず学校を多く建て、人材を育成して議会をつくるにふさわしい文明国にしなければならない」と、日本の大学制度の基礎づくりに貢献した。

1881年(明治14)、帝国大学の初代総長に就任。また官界学界の多数の官職を歴任し、明治の総帥として頂点を極めた。

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