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第五章 神功皇后・但馬物部氏編 但馬国府以前の多遅麻国造

第五章 神功皇后・但馬物部氏

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[catlist id=589] 大県主から国造(くにのみやつこ)が任命され、のち国司・但馬守・但馬介と首長の名称が変わった。

天日槍 人皇6代孝安天皇53年 新羅王子天日槍帰化す。 稲飯命の五世孫 初代多遅麻国造 天日槍 人皇6代孝安天皇61年 天日槍多遅麻を賜う 2代  々   天諸杉命 人皇7代孝霊天皇38年 天日槍の子 3代  々   天日根命 人皇8代孝元天皇32年 天諸杉命の子 4代  々   天日楢杵命 人皇9代開化天皇59年 天日根命の子 5代  々   天清彦命  人皇10代崇神天皇67年 天日楢杵命の子 6代  々   多遅麻毛理命(田道間守) 人皇11代垂仁天皇89年 天清彦命の子

90年春2月 多遅麻毛理命を常世国に遣わし非時(ときじく)の香果を求めし給う。九年を経たり。 人皇12代景行天皇元年春三月 多遅麻毛理命は常世国より帰る。しかるに垂仁天皇崩御の後なり。多遅麻毛理命は哀悼に耐えず、天皇の御陵に至り、哭号(おらびなき=号泣)て死せり。(香果は今の橘)

7代  々   多遅麻日高命(多遅麻田男命) 人皇12代景行天皇元年 多遅麻毛理命の弟

(気多大県主 物部連大売布命 人皇12代景行天皇32年(102) 物部連伊香色男命の子孫   射楯宮) (朝来県主 大多牟阪命 彦坐命の子孫・息長宿祢命の子)

8代多遅麻国造 船穂足泥命 人皇13代成務天皇五年秋九月 彦坐命の裔、大多牟阪命の子 大夜父宮 (出石県主 須賀諸男命 人皇13代成務天皇5年 多遅麻毛理命の弟)

9代  々 物部連多遅麻公武 人皇15代神功皇后2年  大売布命の子 府を(気多郡)高田村に置く 10代  々   物部連多遅麻毘古 人皇16代仁徳天皇元年  公武の子  府を日置村に移す

11代  々   物部連多遅麻公 人皇18代反正天皇3年() 多遅麻毘古の子 12代  々   黒田大連 人皇21代雄略天皇3年(456?) 天児屋根命の裔 府を国府村に移す 13代  々   大鹿連 人皇25代仁賢天皇10年(497)  黒田大連の子 14代  々   能登臣気多命 人皇29代宣化天皇3年(538-584) 大入杵命の裔 15代  々   止美連吉雄 人皇31代敏達天皇13年(584-631) 大荒田別命の子 16代  々   山公峯男 人皇35代舒明天皇3年(631-685) 五十日帯彦命の裔

651 大宝律令によって日本の律令制が成立した。

但馬国司  榛原公鹿我麿(暦)(685) 但馬守   櫟井(いちい)臣春日麿 人皇42代文武天皇庚子4年(700-714)二方国を廃し但馬国に合し八郡と為す。府を国府村に置く。 孝昭天皇の皇子、天帯彦国押人の孫、彦姥津命五世孫・大使主(おおおみ)命の裔 々    従五位上、阿部朝臣安麿 人皇44代元正天皇霊亀元年(715-749) 但馬介   大炊山代直都賀麿 749-811 々    良峰朝臣安世   812-975

以下国守は正史に在り。故に省略。