但馬国ねっと風土記

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但馬国ねっとで風土記

専門家ではない視点からとらわれない最新の歴史から今を知る

第二章 3 天日槍の足取りと神社

3.槍(やり)と矛(ほこ)の違い

青銅製武器の種類 矛(ほこ)と槍(やり)の違い

一方、考古学的には、矛(ほこ)と槍(やり)と戈(クヮ)とは区別される。

弥生時代の遺物としては、矛が多数出土しているが、槍はほとんど出土していない。福岡県前原市三雲から弥生後期とみられる石棺から出土した鉄の槍がみられる程度だ。

f:id:kojiyamane:20170113091918j:plain荒神谷博物館 にて拙者撮影)  左が槍、中央は銅鐸、右が矛

矛と槍の形状の違い

矛と槍は、槍や薙刀なぎなたの前身となった両刃の剣形の穂に、長い柄を付けた武器で、敵を突き刺すのに用いる。矛は先端が丸みを帯び鈍角の物が多いのに対し、槍は刃が直線的で先端が鋭角である。

また、矛は金属の穂の下部に中空の袋部があり、そこに枝の木を差し込むもの。それに対し、槍は金属の羽の部分に茎(なかご:木に差し込む部分)がついており、それを枝の木に差し込んで装着するものをさす。

装着方法

つまり、装着方法に違いがある。枝を金属の方に差し込むのが矛、金属を枝の方に差し込むのが槍である。 また、戈(くゎ)は、鳶口とびぐちの形のように、穂と直角に近い形で枝をつけるものをいう。農機具として平たい刃になったものが鍬である。戈は槍と同じく、茎を枝の木に差し込んで装着する。

剣と刀の違い

剣と刀の違いは、剣が両刃、刀が片刃であること。長い刀を大刀、短刀を刀子(長さ30cm以下)として使い分けている。奈良時代の頃までの刀は直刀で、湾曲した日本刀になるのは平安時代以降のことです。 滅ぼされた文化の象徴:広形銅矛と銅鐸

4.日槍と日矛

日本書紀』では「天日槍」、『古事記』では「天之日矛」との漢字が違う点は意味がない。槍を「やり」ではなく「ほこ」と読ませているのでアメノヒボコに間違いないが、アメノヒボコが日槍・日矛であっても、「記紀」で矛・槍の区別は必ずしも明確ではない。すべて「ほこ」と読まれているように、戦国時代の長い槍のような武器はまだ存在しておらず、槍は「ほこ」と読んでいた可能性もある。「かな」が存在しなかった頃の「記紀」のヒボコの漢字に深い意味はないようだ。

またアメノヒボコという名前は先にあった。それを後に伝来してきた漢字で表記するようになった時代である。初めての国史として、口伝を伝来してまだ間もない漢字に当てはめて書いたのだから、記紀においてでさえ、人名や神名に表わされる漢字は様々で、漢字自体にこだわりすぎる意味は薄いように思える。 日槍を八種の神宝を意味するというのは、納得できるが、

日本書紀垂仁天皇3年3月条 七種の神宝

羽太の玉(はふとのたま) 1箇 足高の玉(あしたかのたま) 1箇 鵜鹿鹿の赤石の玉(うかかのあかしのたま) 1箇 出石の小刀(いづしのかたな) 1口 出石の桙(いづしのほこ) 1枝 日鏡(ひのかがみ) 1面 熊の神籬(くまのひもろき) 1具

日本書紀』別伝 八種の神宝

葉細の珠(はほそのたま) 足高の珠 鵜鹿鹿の赤石の珠 出石の刀子 出石の槍 日鏡 熊の神籬 胆狭浅の大刀(いささのたち)

日槍は八種の神宝に由来しているとするならば、『日本書紀』別伝には胆狭浅の太刀はあるが、垂仁天皇3年3月条では7物では槍や太刀は含まれていないではないか。これをどう説明できるのであろう。出石の小刀(垂仁3月条)、出石の刀子(別伝)とあるが、脇差のような短刀というより、これは武器ではなく削る工具だ。

古事記』(応神天皇記)では次の7種で、矛または刀などの武器類はない。

珠 2貫 浪振る比礼(なみふるひれ) 浪切る比礼(なみきるひれ) 風振る比礼(かぜふるひれ) 風切る比礼(かぜきるひれ) 奥津鏡(おきつかがみ) 辺津鏡(へつかがみ) 天日槍の槍=八種神宝の武器を表しているとするなら、『日本書紀』垂仁条や『古事記』(応神天皇記)には槍や矛・刀類は持参していないことをどう説明できるのであろうか。

『古代日本「謎」の時代を解き明かす』長浜浩明氏に、

真弓氏は「三世紀代よりの、天日槍の名で象徴される帰化系技術者(韓鍛冶)の渡来によって技術革新がなされ、されに大量の鉄挺(金偏に廷・鉄の素材)も輸入される…」

だが、彼は技術者ではなく、日本に憧れ、玉、小刀、鉾、鏡、神籬を持って来た王子だった。『三国史記』と照らし合わせると、天日槍は但馬出身の新羅王(=倭人)の子孫だからこそ、彼は日本語を話し、神籬を持って故郷へやって来た可能性も否定できない。

としている。

天日槍という名前から、ヒボコは鉄の技術者、もしくは製鉄に関わる人びとの総称だと連想させる。 しかしこれは、鉾・矛が鉄製の武器である、日本にはそれまで鉄器がなかったのだとの思い込みである。記紀にはどこにも天日槍と鉄に関する記載はない。

『古代日本「謎」の時代を解き明かす』長浜浩明氏は、

ヤマトは「鉄」の産地だった 樋口清之氏によると、(中略)奈良盆地南東部に位置する標高467mの三輪山は、その端正な姿からヤマト一円の人びとから、神の山として崇められてきた。この大神神社には拝殿はあるが本殿はない。それは山そのものがご神体=本殿であるからだ。では何故、山がご神体なのか。 日本列島には南九州から四国、紀伊半島を通り、諏訪に至る中央構造線と呼ばれる断層が通っており、この断層に沿って鉄、銅、水銀などの貴重な鉱床が多数存在する。この断層が通る紀伊半島山中からは、丹、辰砂、水銀、鉛丹(赤色染料)がとれ、各地に丹生神社が祀られている。そして三輪山からは鉄が採れた。 (中略)西南麓には金屋遺跡があり、ここからは前期縄文土器が発見されていて、最も早く拓けたところと判明するが、注目すべきは弥生時代の遺物とともに、同層位から鉄滓や吹子の火口、焼土が出土している。鉄滓は製鉄時に出来る文字通りの鉄の滓(かす)であるから、それが発見されるということは、必ずその付近で製鉄が行われていたことを示すわけで、だからこそ金屋と称したのであろう。また山本博氏によると、三輪山の山ノ神遺跡からも刀剣片と思われる鉄片が出土し、穴師兵主には鉄鉱の跡が見られるという。(真弓常定『古代の鉄と神々』学生社2008 古事記は、わが国を「豊葦原の瑞穂n国」と記しているが、どのような意味なのだろうか。(中略)実は、古代日本は製鉄原料に事欠かなかった。火山地帯の河川や湖沼は鉄分が豊富で、水中バクテリアの働きで葦の根からは褐鉄鉱が鈴なりに生ったからだ。 では何故、鈴なり=鈴というのか。 (中略)この褐鉄鉱は時に内部の根が枯れて消滅し、内部の鉄材の一部が剥離し、振ると音が出ることがある。鈴石などと呼ばれる。褐鉄鉱=スズが密生した状態が「すずなり=五十鈴」の原義であった。(中略)どこか銅鐸に似ているように思えないか。(中略) ここに至り、「豊葦原」の意味がわかった、といっていいだろう。わが国では神代の昔から鉄が作られ、人びとは製鉄職人を崇め、最初の原料はスズ=褐鉄鉱であった。 当時の人々は、「葦原」はスズを生み出す源でることを知っていた。従って、「豊葦原」とは、「貴重な褐鉄鉱を生む母なる葦原」という意味なのだ。 (中略)高知県西部の四万十川上流、窪川町の高岡神社には五本の広峰銅矛があり、それを担いで村々を回る祭りがある。(中略)その本義は、葦の玉葉が生い茂るのを祈り、葉が茂ればその根にスズがたくさん生み出される、それを願って行われたに違いない。 また鐸とは「大鈴なり」とあるように、鈴石の象徴。これを打ち鳴らすことで葦の根にスズが鈴なりに産み出されることを祈ったのだろう。そして、祭器としての矛や鐸は、古くは神話にあるように鉄が使われていたが、青銅器を知るに及んで、加工しやすく、実用価値の低い青銅器を用いるようになっていった。このような考えに逢着したのである。 ヒボコは技術者ではなく、日本に憧れ、玉、小刀、桙、鏡、神籬を持って来た王子だった。三国史記と照らし合わせると、ヒボコは但馬出身の新羅王(=倭人)の子孫だからこそ、彼は日本語を話し、神籬を持って故郷へやって来た、可能性も否定出来ない。 (中略)わが国では、弥生時代後期から鉄鉱石や砂鉄を用いた鉄の大量生産時代に突入していた。この製法の普及により、褐鉄鉱を用いた製鉄は次第に廃れ、スズの生成を祈る銅鐸と銅矛を用いた祭祀の意味が希薄になっていったに違いない。 そして、砂鉄タタラが本格化した2世紀前葉から埋納祭祀が行われなくなり、いつしか記憶の底に沈み、忘れ去られた。 その名残が社頭にある大鈴だった。神社に鈴があり、「願いと共に鈴を鳴らす」のも、遡れば「スズの生成を祈る」ことに繋がるのか、と納得した次第である。

天日槍のほこ(槍・矛)は、武器ではない祭器であり、日は太陽、矛は葦の葉、鐸は葦の根の鈴石をあらわし、地の豊かな実りと繁栄を祈った農耕の神であり、初代多遅麻国造として、但馬が平らぎ豊かになることを大和が願った象徴として、但馬一宮出石神社に天日槍と八前大神として八つの神器であった、と思うのではないだろうか。天は海、海部のこととする説もあるが、神名に天を冠せられるのは、すなわち天皇の号であり、天照大神をはじめ天津神であることの証しなのだから、ヒボコだけ天が海部から来ているという例外は認めたくない。天皇の命によって編纂された記紀が、そのような例外または軽率な扱いをする筈はないだろう。

神社拝殿に吊るされた鈴は、銅鐸→鰐口→鈴

になったものであると思っている。鈴を鳴らしてお祈りするのはそういうことは、銅鐸にルーツがあるようです。

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